2007年05月29日

舞姫・2

先日発売された「ダンスマガジン」の7月号に、三浦雅士さんがドミニク・カルフーニにインタビューされている記事が掲載されています。

…はい、昨年11月の日記と同じ出だしです(笑)。そして、いい加減に「バレエ」というカテゴリを作ったほうがいいんじゃないか、と思う今日この頃。こちらの日記は思いついたときに書く備忘録みたいなものなので、つい扱いがおろそかになってしまうのですが…(だいたいタグも設置してないし)。

ま、それはともかく。ドミニクの話です。

ドミニク・カルフーニは70年代後半にパリ・オペラ座のエトワールとなり、その後マルセイユ・バレエ団に移籍、80年代から90年代にかけてをローラン・プティのミューズとして踊ったダンサーです。今では現パリ・オペラ座のエトワール、マチュー・ガニオのお母さんと言ったほうが、ご存知の方も多いかもしれません。

三浦さんも対談の中で「衝撃的な内容が」とおっしゃってましたが、確かに読んでいた私も驚いた話がいろいろありました。オペラ座を辞めたいきさつ、その後のプティとの対話。ヌレエフと踊る機会を逸していたこと、ノイマイヤーが踊ってみたかったという発言…。

私は90年代の初めに、来日したドミニクのバレエを何度か見ています。プティの作品を踊るドミニクは、とても詩的で美しいバレリーナでしたが、今そう言われると、確かにヌレエフと踊るドミニクが見てみたかった。「マノン」や「椿姫」を踊る彼女が見てみたかったと思います。

しかし、その道を歩んだとしたら、私が目にした「失われた時を求めて」や「マ・パブロヴァ」はおそらく見ることができなかったでしょう。ドミニクの「レダと白鳥」は今でもくっきり映像が浮かぶほどの、素晴らしいバレエでした。

ダンサーとしてどんな人生を歩むのかは、本人の意思もあり、そのときの時代の流れもあり、難しいものです。歴史に「もし」は禁句だけれど、この対談を読んだら、ついそのひとことをつぶやいてしまいました。

そして、個人的にびっくりしたのが、マチューのお父さんであり、当時彼女と並ぶマルセイユ・バレエ団のプリンシパルダンサーだったデニス・ガニオと結婚していなかったということ。フランスではさほど珍しいことでもないのでしょうが…当時、楽屋口から仲良く寄り添って出てきたふたりを目にしている私としては、やはり大きな驚きでした。

とはいっても、そのときにふたりと一緒にいた小さな男の子が、今やオペラ座のエトワールなわけで…時の流れを感じるとは、まさにこのことですね。思わず自分の歳も数えちゃうけど(苦笑)。

でもそうやって、次世代に繋がっていくのは、とても素敵なことだと思います。私はまだ、マチューのバレエは生では見たことがないけれど、ビデオで目にした彼の踊りは、父の力強さの中にも繊細さが見られるバレエと、母のたおやかな芯のある美しさがミックスされたように、私には感じられました。これからマチュー自身が、それに自分を加えていくのでしょう。

ドミニクは今回、日本で行われるコンペテイションのために来日したと聞きます。オペラ座出身のダンサーは、引退後に日本で教えたりコンクールの審査員などをしに来日することが割りと多いように思いますが、日本の若いダンサーたちも、彼女たちにしっかり学んで、成長していって欲しいと思っています。

タグ:バレエ
posted by Mikkey at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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