2007年10月11日

舞姫・3

先日発売された「ダンスマガジン」の11月号に、三浦雅士さんが、元パリ・オペラ座のエトワール、モニク・ルディエールにインタビューされている記事が掲載されています。

…いつもと同じ出だしです(笑)。

以前、こんな記事を書きましたが、私に取ってバレリーナと言えば、この「舞姫」で書いたエヴァ・エフドキモワ、ドミニク・カルフーニ、モニク・ルディエールがベスト3です。ギエムもアナニアシヴィリもフェリも見ていますが、それよりもこの3人のほうが上。ま、こういうのは個人的な好みもありますから。

この3人に共通するのは、叙情的なバレリーナだということ。女優がバレエを踊っている、バレリーナが女優になっている、というのかな。彼女たちは腕1本動かすだけで、観客に物語を感じさせることのできる、そんなダンサーだと思っています。

インタビューの中で、最近のオペラ座にはモニクやドミニクのようなタイプのバレリーナがおらず、そういうバレリーナを生み出すにはどうすれば?というような話が出ましたが、それに対してのモニクの答えは「経験」でした。いやまあ、そりゃそうなんだけども(笑)。でも確かに「経験」するしかないかとも思います。モニクがエトワールだった時代、オペラ座にはタイプの全く違った男性のエトワールが粒揃いしていました。彼女はおそらくそのほとんどのダンサーと踊っていて、それはものすごい「経験」になったでしょう。今、これだけのタイプのダンサーと踊り分けの出来る人がいるかと言えば…どうなのかな?

オペラ座のダンサーが一時より随分大人しくなってしまった一因として、学校がナンテールに引っ越してしまったことが上げられていたこともありますが、それからすでに何年くらい経つのかな?マチューのような踊り手も現れていることで、やっとオペラ座がナンテールの学校に馴染んできたかな、とも思います。ヌレエフ時代を知るエトワールがオペラ座を去り、これからはそれを熟成させより新しいものを生み出す時期になるのかもしれません。

オペラ座談義になってしまいましたが(笑)。
モニクを語るには、やはりオペラ座は欠かせないかと…先程も書きましたが、80年代後半から90年代にかけて、本当にオペラ座のエトワールは華々しい時期がありました。その中で、より一層光り輝いていた星がモニクだったという印象が、私にはあります。
彼女の「ドン・キホーテ」は粋でチャーミングだったし、彼女の「ジゼル」は繊細で儚げな中にぴしっと一本筋が通っていました。「エスメラルダ」のパ・ド・ドゥでは、エキゾティックな魅力を満載に見せてくれて…そういえば当時、テクニックといったらどうしても派手なギエムやピエトラガラに目がいったものですが、この「エスメラルダ」でタンバリンを叩いた彼女のバランスとポワントの美しさが、今でも忘れられません。失礼ながら、技術的には彼女たちほどではないだろうと思っていたのが、はっきり覆された瞬間でした。

モニクはオペラ座を離れてから、フリーで様々な舞台に立ち、今度は舞台の演出も手がけるそうですね。今回ルグリの舞台に出演したように、また舞台に立つ可能性もありそうで…オペラ座のエトワールという肩書きはなくなっても、モニクからはまだまだ目が離せそうにはありません。こういうとき、ネット時代は便利だと思う…昔は引退すると、さっぱり情報がなくなっちゃったからなー(なくなってる人もいますが・笑)。

そういや、同じ「ダンスマガジン」に掲載されていたルグリの舞台の記事、何かモニクとルグリのペアが大絶賛でしたが…それはどうなの?、と一瞬思った(笑)。
その舞台には有望な若い人たちがもちろんいたようで、やっぱりオペラ座は層が厚いな〜、とつくづく感じました。すごいね〜。
posted by Mikkey at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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