2007年11月22日

至福のとき

先程、ニュースを見ていて、驚いたことが。

モーリス・ベジャール氏が今日、亡くなられたとのことです。享年80歳。

ひとつの時代が、終わったような気がしました。
最近言われていたことですが、ベジャール作品もすでに古典の範疇に入りつつある、と。
彼が亡くなったことで、名実ともに、そのような時代に変わったように思いました。

80年代の半ばから90年代にかけて、ベジャール氏のバレエ団はほぼ毎年…どころか、作品の上演も入れるならば半年に一度くらいの割合で来日し、公演を行ってくれていました。

当時まだ学生だった私ですが、一生懸命お小遣いを貯めて、何度も何度も公演に通い詰めていました。

それは至福のときでした。ベジャール作品は、慣れればとてもわかりやすいので、見れば見るほど奥深く作品に入り込めて、どんどん興味深く見入っていったものです。

その数多い来日公演の中で、私が最も印象に残っているのは、88年の特別公演「PARIS-TOKYO」です(こんなタイトルだったかなー?資料が今、手元に無いのでわからない…)。後にテレビ放送もされましたが、坂東玉三郎とベジャール・バレエのコラボレーションということで話題になった公演でした。東京バレエ団にとベジャール・バレエ団の共演、そして当時のパリ・オペラ座のエトワール、パトリック・デュポンがゲスト出演してやはり玉三郎と踊り、今思い返しても溜息が出るほどのゴージャスな舞台でしたね。客席にも多くの著名人が招待されていて、この夜の東京文化会館には、何かスペシャルな社交場が出来上がっていた、豪華な公演でした。

そう、この時代はまた、ジョルジュ・ドンの最晩年に当たります。私が最後にジョルジュ・ドンの「ボレロ」を見たのは、91年の世界バレエフェスティバルのガラ・コンサートでした。その前の来日公演が最後の「ボレロ」と銘打っていたので、その夜の「ボレロ」は正にサプライズでした。結果的にこの時の「ボレロ」が、ジョルジュ・ドンが日本で踊った、最後の公演になったはずです。今でも、その最後の「ボレロ」は、はっきりと記憶に残っています。アナウンスが流れた瞬間の会場のどよめき、ジョルジュ・ドンの姿がスポットライトで浮かび上がったときのあの歓声は、決して忘れることができないでしょう。

その3年後のバレエ・フェスティバルの時、ジル・ロマンがジョルジュ・ドンへのオマージュとして「アダージェット」を踊りました。「アダージェット」は私が個人的にベジャール作品の中で最も好きなもので、それをオマージュとして見られたのは、嬉しかった覚えがあります。

ジョルジュ・ドンが亡くなってからほどなくして、私も様々な事情でバレエの公演に行かなくなってしまったのですが、テレビで放送されるベジャール氏の作品は見ていました。
晩年の作品で印象に残っているのは、やはり「バレエ・フォー・ライフ」でしょうか。ベジャール氏の作品にそれまでも漂っていた死生観が明確に打ち出されていたと思います(もちろんそれがテーマの作品ではありますが)。

ベジャール氏の作品でもう一度見たいのは…「コンクール」と「指輪」かな。「コンクール」は先年パリ・オペラ座で上演されましたが、「指輪」はもう無理だろうなー(笑)。他にも改めて見てみたい作品がたくさんあります…ベジャール作品のDVDって多く出ていますが、見てみたいのは、案外それ以外の作品だったりするんですよね。あと、もう手に入らない映像もあるし…何かテレビで放送してくれないかな…。

いつの来日公演のときだったか定かではありませんが、終演後にベジャール氏にサインと握手をしてもらったことがあります。
そのときのベジャール氏の素敵な笑顔と、握手をした手のひらの温かさを、今でもよく覚えています。

病床で最後の最後まで仕事をしていた、というベジャール氏。彼の遺したものは、それまでの偉大な舞踊家たちの作品と同じように、こののちもずっと、後世に引き継がれていくでしょう。

今はただ、あの至福のときをありがとうと、そう伝えたいです。
posted by Mikkey at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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