2008年01月18日

「白鳥の湖」今昔

今夜は、教育テレビで放送された、2006年に行われたマリインスキー劇場バレエ団の「白鳥の湖」を観ていました。

この作品は、バレエに詳しくない人でも、もちろんご存知でしょう。バレエと言えば「白鳥の湖」、代名詞になりますね。

これまで、劇場やDVDともども、様々な「白鳥の湖」を観てきました。上演するバレエ団ひとつひとつに、同じ「白鳥の湖」でも個性があります。

その中で実は、私の中ではマリインスキーはちょっと苦手な部類に入ってまして(^_^;)ワガノワメソッドの、手先や足先の大仰な振りが、どうもダメなんですよ。こればっかりは好みの問題なので、仕方が無いのですが。
それと、3幕のグラン・フェッテの後で、必ず舞台進行が止まるのがね。ものすごく拍手したくなくなる(笑)。今の時代になっても変わらないんだなー。この一瞬で、どんなに素晴らしいバレエでも一気に醒めるんですけどね。今日はテレビだからいいけど。
国の名前が変わっても、この習慣は存在し続けてしまったのね(笑)。

今まで観た「白鳥の湖」で一番印象に残っているのは、88年の世界バレエフェスティバルのときのものでしょうか。幕によって踊り手が代わるという趣向の舞台で、私が観に行った日は、当時のパリ・オペラ座のエトワールがずらずらと登場した、なんとも贅沢な舞台でした。もう一生、あんなに豪華な舞台にはお目にかかることはないと思います。まだ若いギエムとルグリが凄かった。

マリインスキー劇場バレエ団は、一度劇場で観たことがあります。といっても、昔々、まだレニングラード・キーロフという名前の時代ですが。

その頃、私は劇場でバレエを観に連れて行ってもらい始めた時期でした。ソ連のバレエ団がボリショイを初めとして次々と来日していた頃で、その公演に連れて行ってもらっていたのですが、レニングラード・キーロフもその中のひとつでした。

そのあと、その時代でいう「西欧」のバレエ団を観に行くようにもなり、やがてもう少し大きくなってから、当時ソ連のバレエ団が抱えていた微妙な陰影に気がつくようになりました。「亡命」という言葉の意味を理解するようになった頃でした。

テレビ放送が始まって、しばらくしてから気がついたのですが、ソ連崩壊から17年、もう「ソ連」という時代を知らないダンサーが、バレエ団に入団している時期に差し掛かっているのですね。

今こうやって観ていると、ソ連時代にはどんな演目にも確かに存在していた、そこはかとない翳りや愁いや暗さは、さっぱりと払拭されています。ソ連時代のダンサーたちとは、明らかにどこかが違う。同じ「白鳥の湖」でも、あの頃にはなかった明るさが舞台に漂っています。

もちろん若いダンサーは、前時代などまったく意識せずに踊っているでしょう。けれど観ているこちらは、時代の移り変わりを実感させられる「白鳥の湖」でした。

4幕で黒鳥が出てくるのってマリインスキーの特徴だけど、この辺も変わってないのですね。伝統は伝統として守っていくのは、とても素晴らしいことです。でも3幕のアレは止めて(笑)。

テレビでですが、久し振りに全幕のバレエを堪能することができました。

たまには劇場に行きたいなあ…といつも言ってる(だけな)気がするけど…(^_^;)。
posted by Mikkey at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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