2012年02月07日

未来への扉

先日スイスで行われたローザンヌ国際バレエコンクール( Prix de Lausanne)にて、東京都の高校生、菅井円加さんが1位受賞をされました。

以前とは制度が若干変わっているのですが、ともあれ日本人ダンサーがトップに立ったのは、89年の熊川哲也さん以来23年ぶりということだそうですね。

今回のこの結果、クラシックだけなくコンテンポラリー賞も受賞したというのが素晴らしい。
漫画「テレプシコーラ」じゃありませんが、どうしても日本人ジュニアはクラシックは踊れてもコンテンポラリーを苦手としがちなので、私が受けた印象としてはこっちのほうがすごいよなーって感じなのですが。
YouTubeで観た彼女のコンテンポラリーは、確かに良かったです。そして上手い人のコンテポラリーは、やはり面白い。

喜ばしい結果に終わって何よりだったのですが、それはそれとして。

…なぜマスコミがこんなに大騒ぎしてるんですかね?

受賞したということや、受賞の瞬間や、そのときの演技をニュースで流すのは当然のことだと思いますが、驚いたのはそれを朝昼晩のニュースで繰り返し流していること。
そして、彼女が帰国したときの出迎えっぷりや記者会見を、また繰り返し流していること。
バレエ教室や学校への取材もすごいこと。

なんかねー、そういうのを何度も見せられると、なんだろ、だんだん違和感が増してきまして。
いやこのニュースは確かにすごいことだけど、ここまで扱われるほどにすごいことか???と。
コメントの内容も通りいっぺんに「すごいですね」「頑張ってください」だし、取材内容も「バレエに捧げた青春的」的な感じで(笑)。
コンクールを目指しているようなジュニアが日に5時間も6時間もレッスンするのは当然のことだし…ていうか、誰だってどんな競技でも、世界を目指してればそれくらいやってるんじゃないですかね。
元シブがき隊ヤッくん息子のニュースもけっこうすごいことなんだから、もうちょっと流してやれよ、と思う(笑)。
ま、やっぱり17歳女子高生というのも(略)。

違和感を持ったのは私のような素人だけではないようで→参照

でも、これだけ注目してもらえるなら、マスコミが奨学金でも出してあげればいいのに…とか思ってしまうのです。
オリンピック競技と違って、協会から補助金が出てるわけでもないしね。
だから海外留学するにあたって、こういうコンクールに出るのを第一歩にするしかないという、そういう現状も踏まえて報道してくれればいいのに、と思うのです。
そして、海外で認められるのは非常に喜ばしいことだけれど、バレエで食ってくには結局海外に出るしかない、という現実も。
バレエ公演はテレビ局がスポンサーになったりしてるけど、学生を支援してるという話は聞いたことがないし(公演の協賛で精一杯なのもわかるけどね)。
夢に向かうのも厳しい道程ですが、夢の裏側も厳しいということです。

留学先はバーミンガムを希望しているそうですね。確かに、彼女にはイギリスの割とかちっとしたバレエは合ってるかも。バーミンガムは丁寧なバレエ団だしね。

同じローザンヌから羽ばたいた熊川さんや吉田都さんも言ってるけど、菅井さんにとってこれがバレリーナへの道の第一歩。扉に手をかけて開けられたくらいでしょう。
他にもローザンヌから海外に飛び出た若手はたくさんいます。それぞれが自分の道を見つけて、活躍しています。

菅井さんがどんなバレリーナを目指していくのかは、これからの彼女次第。
その成長を、楽しみに待ちたいと思います。

その前に、ローザンヌちゃんと観たいなー。
毎年NHKで放送してくれるけど、今年もちゃんとやってくれるよね??
(ところで、ベッシーさんの解説が普段バレエを観ない人にもこんなに有名だったとは、今回初めて知りました・笑)
posted by Mikkey at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月29日

推理

相変わらず寒い冬です。
先日東京でも雪が降って私も通勤でえらい目に遭いましたが、雪国の友人の苦労を思うとあれぐらいでガタガタ言うなという感じですよね。
今ニュースで、青森の酸ヶ湯で429センチという積雪になったそうで。
温帯育ちの私には、想像もつきません…!

月末も近くなり、やっと来年のライオンズファンクラブの申込を済ませました。遅!
ちょこちょこニュースをチェックしていますが、ナカジ残留も決まったし(だから遅)、来月はいよいよキャンプインですね。

そんなわけで、野球もないのでぼちぼちヒマな今日この頃、私の目下のマイブームはこちら。

バレエ・リュス

振幅の広い日記で、本当にすみません。

バレエ好きな方は聞き覚えのあるバレエ用語(?)のひとつだとは思いますが(詳細はリンク先で)、なぜ今いきなりそんなのがマイブームになったのかというとですね。

春にこんな舞台があるんです。
「DANCE ACT 「ニジンスキー」 〜神に愛された孤高の天才バレエダンサー〜」

何もなくても私のアンテナには引っかかった舞台ですが、今回はこの舞台に私の好きな俳優さんが出ておりまして。
しかし、彼にはバレエ経験はないはず(っていうと、誰だかわかっちゃいそうですね)。
というわけで、一体何の役を演るのか、今の時点はまったくこれっぽっちも予想がつかないのです。
上からなんとなく消去法で消してってみても、よくわからない(笑)。
彼のトークイベントのときに、本人に訊いても教えてくれなかった(そりゃそうだ)。
その際、出演者の中からひとりゲストに来た方がいたのですが、その方が舞台の話をしたときにとんでもない話をしたので、ますます謎が深まってしまっている…というところなのです(まあ、その話は実際にはないと思うけど。あったら話が合わなくなるんだよー)。

そんなわけで、何か当てはまりそうな重要人物がいたっけ?と、家にある本を引っ張り出し、ネットで検索してみて、それでも足りずに図書館で本を予約して読んでみたり…と。
すっかりハマっています(笑)。

まあ、元々好きな時代の話なので、復習というか、でも新しく知る話もいろいろあって楽しいです。
だいたい、私は男に生まれ変わるならディアギレフになりたいと、昔から思っていまして(ゲイなのは置いておいて)。貧乏だけど楽しそうな人生だったじゃないですか。本人はもうちょい長生きしたかったろうけど、あと半年長生きしてたら世界中がとんでもないことになってたからなー。それを見なくて済んだのも、すごいタイミングだと思う。

そして、昔から(図書館にあるような)大抵の本は読んでいるつもりなのですが、ただねー、ニジンスキーの伝記などには手が出なくって。いやもう、ああいう暗そうな話は概略だけでいいです…という…。
これだけはきっと、今回も読めないに違いない。

ネットで検索すると、私などよりもっとすごく勉強されている方がたくさんいらっしゃって、じっくり読ませていただいて、とてもありがたいです。いい時代だ…!

そんなことをしていたら、なぜかついうっかりヌレエフの過去エピソードを真剣に読みふけってしまい、家にある古いビデオを引っ張り出したりしてしまいました。この人も意外に知らないことが多いんだよね。私が知ってるのは晩年だけだし…物心ついたときには、子供から見れば「おっさん」だったしね。まだ彼の良さが理解できない年頃でしたよ。

今回知ってたまげたエピソードは、ディアギレフが恋人たちに必ずする贈り物として、サファイヤやエメラルドの指輪を贈る…のはいいとしても、それになぜトーマス=マンの「ヴェニスに死す」を付けるんですか???
そりゃ当時は画期的な小説だったろうし、自分を重ねるところもあったのかもしれませんが…。
映画のアッシェンバハは、マーラーがモデルだってわかってても、ディアギレフだとつい思ってましたけどね、初めて観たときから。

…とまあ、そんなふうにいろいろ楽しんではいるわけですが、肝心のキャスティングについてはまったくわかりません(笑)。

この舞台、演出の方も元ヅカの方で(宝塚でも「ニジンスキー」やりましたよね。この方が演出じゃなかったけど)そちらもちょっと楽しみなんです。

楽しみは楽しみのまま、春まで取っておくのがいいのかもしれませんね。
でもキャスティングによっては、1回しか取ってないチケットをもう1回取りたくなっちゃうかもしれないじゃないですか…心の準備が欲しいのよー。
そのころには野球のシーズンも開幕してるんだし(振幅以下略)。

きっと直前までわからないとは思うんだけど、それまではとりあえず勉強(?)に励みたいと思います。
それにしても、この時代のアーティストの話って、読めば読むほど面白いですね。ディアギレフの臨終を看取ったのがシャネルだったとかって聞くと、シャネルの伝記も読みたくなっちゃうよー。
posted by Mikkey at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

粋な時代

昨日ツイッターで見たのですが、フランスの振付家、ローラン・プティ氏が亡くなったそうですね。このWikipediaには77歳って書いてあるけど、享年87歳(だと思う)。そのうち直るかな?

何年か前にベジャールおじさんが亡くなり、今回プティ氏が亡くなり…時代は過ぎていくんだなあ、と改めて当たり前なことを感じたりします。

戦後、1950年代のパリというのは、戦前のベル・エポックに比べて取り上げられることは少ないような気がしますが、個人的にはとても興味深い時代です。パリ解放後に世界大戦が終わり、戦争の間抑制されていたものが、一気に噴き出したような時代。ある種の改革の時代ともいえるこの年代は、バレエの世界ではベジャールやプティなどの著名な振付家を産み出しました。

私がプティ氏のバレエを観たのは、もうずいぶん前になるかな…。
「コッペリア」でした。
今考えると彼の「コッペリア」は、子供には難しすぎたと思う(笑)。
それでも子供なりにそれまで知っていたバレエとは何かが違うと感じ、長じて前記のような時代のことを知り、すとんと納得したような気持ちになったことを、覚えています。
映画「足ながおじさん」の振付などを観ていると、私に取ってプティ氏のバレエは、洗練されたフランスのエスプリが詰まっている、粋な感じのバレエという印象がありました。

つい最近まで「ダンシング・チャップリン」などで活躍しているのは耳にしていたので、ご高齢だということはわかっていましたが、なんかいつまでも元気で振付なさっているような気がしていたなあ…。

訃報記事はこちらで知りました。

追悼の舞台とかテレビで放送しないかな…でも今我が家は、地デジのあおりをくらって、録画機器が使えない…(涙)。
posted by Mikkey at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

スタジオの雰囲気

4月に入ってなんとか落ち着いてきたので、きちんとバレエ教室に通えるかと思いきや、どっかにもちらっと書きましたが家族が体調を悪くしてしまったので、結局しばらくの間はなんとか週1回通えるかどうかという状況でした。

結局、いつもどおり週2回なんとか行けるようになったのは、4月の末ですかね〜。しかしその間仕事と家事に追いまくられていたためか、知らぬうちに3kgも体重が減っていてびっくり。
人には気づかれませんが、自分で勝手に悦に入っております。もうちょっと痩せたいので、もっと扱き使ってくれていい(と言った途端に風邪引いたりしましたがorz)。

それはともかく。

ゴールデンウィーク中は通っている教室がお休みになってしまったので、昨日は登録してあるスポーツクラブのバレエのクラスに行ってみました。

最近出来たスポーツクラブなので、とりあえず登録してみるかーと入会してみまして、震災後はあまり行けませんでしたが、初心者向けのピラティスのクラスに通っていました。
バレエのクラスは平日の午前中にしかないので、行くに行けなかったんですね。

でまあ、お休みだし1週間体動かしてないし、いい機会だということで行ってみたわけですが。
ここから先のことは、まったく私の個人的な意見だということを念頭に置いてお読みください。


なんつーか。

スポーツクラブのバレエのクラスって、どーしてどこもあんな雰囲気なんでしょうね???
ここはまだ出来たばかりだからと思っていたのですが、甘かった…!

どういう雰囲気かというと、あの独特な空気感は説明に困るのですが、だいたい20人ぐらいの生徒がいるとして、3分の1が一見、3分の1が常連、3分の1が普段からしっかり稽古している人でとりあえず体を動かしに来ました、という感じで、こういうまったく接点のなさそうな人たちがミックスしたときに醸し出される雰囲気、といいますか。

そして、先生も…。
どーしてどこのスポーツクラブに来てる先生も、常連さんとしか話さないで一見には目もくれないとか、初心者向けとうたっているのに妙に難しいことをやらせたりしがちなんでしょうか?必ずピルエットも指導もしないで「好きなだけ回っていいよー」って言うよね?だいたい説明もしないし、丁寧に見本を見せるわけじゃないし。
やっぱ何?常連が来てくれないとクラスが成り立たないから?

そして(再)常連さんはスポーツクラブでしかバレエを習わないので…私が言える立場でもないですが、動けるには動けるけど、まったく綺麗じゃない…ピルエットはダブル回りゃいいってもんじゃねえレベル…。
大人なんだし、スポーツクラブだし、動いて発散になればそれでいいんだけどね。別にね。

以前の経験から、腹を括って動けるだけでいいと思って行ったのですが、とにかく新しい場所だからとわずかな期待を持っていたのが甘かった…甘すぎた…。
前に行ってみたところは、そこにスポーツクラブができてから20年以上経っている老舗(まあ誰もが名前を知っているスポーツクラブです)だったので、バレエのクラスに来ている人も「ここに来て20年」という感じだったので、それでそういう雰囲気だったんじゃないか、と考えていたんですけどねー。
ここまでどこでも似たり寄ったりだと、なんか笑えます。

前のところは、スポーツクラブの経営上こんなんじゃ困るのでは?という雰囲気だったからなー。しかも初心者向けと書いてあるのに、ランベルセとかフェッテとか平気でやらされて、何それ!と。ホントに初心者の人も来ていて「3か月来てるのになんにもできない…」って話してたけど、当たり前だよ(笑)。教えてもくれなし見本も見せないのにランベルセなんてできますかー!てか、少し変だと思おうよ、みたいな。
でも大丈夫このクラスに来てる人の半分ぐらいは、動けるけど上手いわけじゃないから!と心の底では思ってましたが…。

このままだと、今のスポーツクラブも結局そうなりそうでコワイ。

そういえば昨日の先生の説明がよくわからなくて困りました。お尻や足に力を入れないで骨のバランスを整えて真っ直ぐ…みたいな説明をされたんだけど、何がなんだかよくわからない(笑)。要するに引き上げのことを言いたかったらしいんだけど、足のポジションを整えたらイヤでも多少はお尻に力って入りますよね?(笑)いや、わざとぎゅっと力を入れるってことは、確かにしないけどさ。

まあ…ひとつ言わせてもらうと、私の今までの経験からして、スポーツクラブだろうが普通のお教室だろうが、先生がだぼだぼのTシャツ姿やスウェット姿のままで生徒に教えている教室ってほぼ信用ならないけどね…そういう教室では、先生のまともな踊りや見本って稽古中は見せてもらえないから。

昨日は時間が長かったので、途中もう帰ろうかと思いましたが、なんとか最後まで乗り切れました。最後飛び物系をやってくれたので、そこまで行ったらあとは動いてすっきりすればいいや、ってな感じで。

実は今月は休みの都合で、あと1回このクラスに行けると考えてたんですが…今、どうしようかなっとすっかり思案にくれております。お金払ってるんだから、割り切ればいいんですけどね。

しかーし、その前に!
ゴールデンウィーク明けはいつもの教室のお稽古があり、すぐにポアントレッスンも始まるのですが、ずいぶん前に買った新しいポアントにまだリボンを付けてない(>_<)こないだ1足潰したので、付けておかないとマズイのに…休みの内にやろうと思ったのにー!

明日明後日で頑張ります。野球のデーゲームでも観ながら(笑)。
posted by Mikkey at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

体を動かしてみた

今日の東京地方は朝から雨〜。
家人が体調を悪くしているせいもあり、私も今日は引き篭もりです。

そういえば連休初日の土曜日、震災後初めてバレエのレッスンに行けました。
直後はそういう気分になれなかったというのもありますが、ここ最近は計画停電による電車の都合で物理的に難しい。私は今は、平日の夜中心に通っていたので。

土曜日のクラスは初めて行きましたが、やはり平日来れなかった友人たちがたくさん来ていて、先生や皆と無事を喜びました。

そして少し体を動かしてみたら、実はものすごく緊張してたんだな、ということがよくわかりました。
通勤やら買い溜め騒動やら余震やら、いろいろなものに知らないうちにストレスを感じていたんだな、と。
ちょっぴりですが、気分が楽になりました。

3月からしばらく休んでいたポアントのクラスを再開しようと思っていて、久しぶりに新しいポアントを購入してレッスンで履くのを楽しみにしていたのですが、今の状況だと平日夜にあるそのクラスをいつになったら受けられるのか、まったくわかりません。
でも落ち着いたら必ず行けるようになるから、今はあせらないで待とうか、と。
なんとなくだけど、その時は初めてポアントを履いたときと同じぐらい、感動しちゃうかもな…なんて思っています。

バレエの世界でもいろいろ動きがあるようで。

イギリスのロイヤルオペラハウスで、今回の震災のためのコンサートが行われるとか。

チャコットでも募金が始まったようです。

昨日は久しぶりに地元の友人と食事をしました。
話題はどうしても地震の話が中心になってしまったけれど、それでも楽しかった。久しぶりに会えてよかった。
宮城県にも郵便が届くらしいと新聞で読んだので、今は仙台に住む昔の友人に手紙を出してみようと思います。時間がかかってもいいから、届いてくれるといいな。
posted by Mikkey at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

山手線を半周

昨日のオリンピックの開会式、服部有吉さんが今カナダにいらっしゃるとは知らなかったので、びっくりしました。まさかこんなところで、お姿を拝見するとは。

そして、ブライアン・アダムス。
そりゃ出てくるよなー。

日曜日の東京は、久しぶりに良いお天気でした。
今日は、まず渋谷で古い友人に会い、その後、毎年この日記にも書いていますが、友人のバレエの発表会へ。

友人の家が近いのと、東急で買い物がしたかったので、渋谷での待ち合わせにしたんですが…すっかり忘れてましたが、今日はバレンタインデーだったんですねー。
うっかり東急の食品街を通ったら、エライことになってました。

でもその後、友人に会ったら友チョコくれた…ありがとう(*^^)

買い物を済ませ、友人とは東急東横線の改札で待ち合わせ。混雑するハチ公口方向には見向きもせず、渋谷の隅っこのファミレスまで移動。さすがにここまで来ると人もいません。店もそこそこの混み具合です。

今日会ったのは、実は一昨年再会した友人と、同じ職場の仲間です。
一昨年の友人が辞めた後に入ってきたのが、今日会った友人。

なぜかバレエの発表会の前には、古い友人と会う運命らしいです。毎年この発表会は時間が遅いので、昼には無理矢理用事を突っ込むことにしているんですが、それでなんだかこうなるんだよねー。不思議。

友人とは、今までちょくちょく顔を合わせてはいたんですが、こうやって面と向かって落ち着いて話をするのは、5〜6年振りになるのかなあ。
昔話や現在の話に、花が咲きました。

そして夕方、渋谷から山手線で浜松町へ。
ぐるっと山手線を半周したことになります。なかなかないよね、こういうことも(笑)。

会場では、毎年席の御世話になるお姉様方が待っていてくれました。
普段なかなか会うことができず、年に1度この会場でしかお会いできない人が多いのですが、お姉様方もお元気で何よりです。

しかし寄る年波のせいか(^^;)昔はお姉様方も、この発表会の後夕食をしてから帰宅したりしてましたが、今はその元気もなく…出る言葉は「たまには昼とか、土曜日にやってくれればいいのにね…」と。
観に行きたくないわけじゃないけど、日曜の夜はキツイです。
しかも、昔よりも時間が1時間ぐらいは遅くなってるしなあ…ま、歳のせいでもなく、夕食を取る時間はなくなってますよね。

そのせいか?微妙にいつもの年よりも、客席に人が少なかったような…。
ちょっと主催者側も考えたほうがいいんじゃないのかなー?と思いました。
出るほうの人たちも、この状態じゃなかなか気軽に「観に来て」とは言えないしねー。

さて。
その発表会ですが。

これも毎年書いてますが、大人だけのクラスの発表会で、舞台に乗っている人数が百人超。
いろいろ大変です。
正直なところ、前から少し感じてたんですが、若干レベルが落ちてきているような気がしました。
私の友人のように古くからやっている人と、新しく始めた(つっても何年かは経ってると思いますが)人のレベルの差が激しいっていうんですかね。中間層がいない。
少なかった人数で細かく教えられていた時代の人と、人数が増えてきて(こういうのもアレですが)大雑把になってしまっている人たちの違いが激しすぎるというか。

なんていうんだろ、惜しいな感が大きかったかな。あの腕をもう少し上げれば、あのつま先をもう少し伸ばせば、あの背中をもう少し引き上げれば…という。おそらく人数が少なければ、レッスン中に先生の目について注意してもらえるだろうところが、何も言われないから気づけないんだろうな…って感じ。

大人なので、これくらい踊れなきゃダメ!という期待はまったくないんですが、やはりどうせ見るなら綺麗なものを見たいわけじゃないですか(笑)。

ま、でも、自分の発表会のVTR見ても頭抱えるしね…(^^;)人の振り見て我が振り直せ、というのが、今年の感想(?)でした。

というわけで、帰りは同じ方向の人何人かで、真っ直ぐに帰宅。
BS2の大河ドラマには間に合うかと思ったのに、ちょっと無理だった…。

忙しい日曜日でした。

posted by Mikkey at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月17日

発表会

今日は、今、私が通っているバレエ教室の発表会に行ってきました。

発表会といっても、まだ開設して間もないので生徒数も少なく、ちょっとしたお披露目のつもりで…と行ったようなのですが、いろいろ予想外なことが、と先生が話していました。初めての発表会、そんなものですよね。

というわけで、出演者は幼稚園〜小学生のおチビちゃんたち。
ちっちゃい子は可愛いですね〜!そして、今の衣装のきらびやかで可愛いこと!今回の衣装は、手作りとリースの半々くらい。手作りであんな可愛いの作れちゃうなんて、すごいな〜!

以前別のお教室に通っていた子もいるけれど、ほとんどがこのお教室でバレエを始めたという子供たちばかり。子供の発表会はそういうものですが、レベランスをどうしようか迷ったり、ママやパパに手を振っちゃったり、ハプニングもたっぷりです。

私も、遥か彼方遠い昔の、自分の発表会を思い出しながら見ていました。
それにしても、子供の発表会って、必ずネコになるよね(笑)。私も昔黒ネコになったことがありますが…。
今日は白ネコちゃんでした。可愛い。

このおチビちゃんたちから、将来のバレリーナが生まれるかどうか…?はわかりませんが、小さいころの発表会というのは、大きくなってからとはまったく別のもの。先生に叱られながらも頑張ったプチバレリーナたちの将来に幸あれ!という感じです。

先生としては、来年の発表会もすでに計画しているようで…「大人の方もよかったら」と言われましたが…。

ダイエットに成功したら考える、と答えました(笑)。
いやもうホントに、痩せないといろいろマズい今日この頃…。

posted by Mikkey at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

旅立った舞姫

今日は久しぶりに、バレエの話題。

以前の日記でも取り上げた、エヴァ・エフドキモワが、4月3日ニューヨークで癌のために亡くなりました。享年60歳。

今日読んだ、ダンス・マガジンの記事で知りました。ネットはずっと見てたのに、気がつかなかったよ…。

・イギリス「ガーディアン」の訃報記事
http://www.guardian.co.uk/stage/2009/apr/09/obituary-eva-evdokimova
・アメリカ「ニューヨークタイムズ」の訃報記事
http://www.nytimes.com/2009/04/06/arts/dance/06evdokimova.html?_r=2
私もまだ読んでいないので、後でゆっくり読もうと思っています。

それにしても、60歳なんて早すぎる…以前のインタビュー記事にあったように、まだまだこれから、若いダンサーたちを指導して欲しかった…。

本当に彼女は、バレリーナという言葉から想起されるとおりの、バレエ・ダンサーでした。可憐で可愛らしく、その中に一本筋の通った強さが透けて見える、素晴らしいダンサーでした。

以前の記事では「眠り」のことを書きましたが、その同じときに観た「ライモンダ」や「瀕死の白鳥」も忘れることができません。
綺羅綺羅しく華やかだった、ライモンダ。
少しずつ命の息吹が消えていった、儚い白鳥。
エヴァのバレエの美しさは、今でもはっきりと思い出すことができます。

心残りがあるとすれば、彼女の全幕を観たかったな。「ラ・シルフィード」か「ジゼル」。「ラ・シルフィード」は、確かYouTubeに映像があったような。私は「ジゼル」というバレエはそんなに好きじゃないんだけど、エヴァのジゼルは観てみたかったな…。

エヴァのインタビューでは、いつもそばに旦那様がいらっしゃいました。仲睦まじいご夫婦の姿は、微笑ましく素敵なものでした。

彼女が見せてくれたバレエは、一生私の中から消えることはありません。
ありがとう、と何度言っても足りません。

ご冥福をお祈りします。

以前に書いた、私の宝物。
Eva.jpg
エヴァのサインが入っています。
タグ:バレエ
posted by Mikkey at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

恒例行事

昨日は北千住、今日は鮫洲〜。
今週末は、東京をあちこち行ったり来たりです。

鮫洲に行ったのは、運転免許の更新のためでした。
私の誕生日は1月末なので、通常ならば年明けから更新手続きができます。なので、大抵の場合は正月休みに近くの警察署で更新していました。
が、しかし。
今年の正月休みは4日が日曜で5日から会社だったので、平日がなかった…!
そして、運転免許の更新は、なんで夜とか土曜日とかやってないんですかね?会社の近くに更新センターがあるし、警察署もけっこう近所なんだけど、意味無いし。
試験場で「日曜日は混みますので」と言われても、なんだかね〜…だったら、もう少し選択肢を作ってくださいよ、平日ばかりでなく。
ま、今や1回の更新につき1回ぐらいしか車に乗らないから(つまり5年に1度くらい)、いいけどね。
こんなドライバーは迷惑極まりないと思いますが、葬式とか理由があって、どうしても運転しないわけにはいかないときもあるのです。す、すみません。
その前は3〜4年乗ってたので、慣れはあります。たぶん(笑)。

鮫洲の試験場は初めて行きましたが、なんだか淋しげな印象が…(失礼)試験場の建物が今までで一番古く感じたから、そう思ったのかしら?
京急の鮫洲駅ではなく、りんかい線の品川シーサイド駅から歩いたので、(日曜だし)余計にそう感じたのかもしれません。
でも、もっと郊外にあるウチの最寄り駅のほうが、日曜の人口が五十倍ぐらいあるのは間違いなさそうな。

ほぼペーパードライバーなので、手続き自体は簡単に済みました。
講義も、見せられるビデオも、まあこんなものかな、と。実際もっと車の運転するようになれば、意気込みが違うんだろうけど、やはり。

免許の更新が済むと、次は毎年恒例友人のバレエの発表会に行くために移動。
発表会が夕方(どころか、実際会場に行ったら夜だった…)からなので、家を出るのが面倒くさくなっちゃうから、無理矢理予定を入れるのも毎年のことです。
だからまあ、文句言いつつもちょうど良かったんだけど(笑)。そんなわけで、東京の試験場でウチからは一番遠い鮫洲に行くことにしたんですね。

会場が浜松町なので、JR大井町駅まで歩くことに。地図には15分ぐらいって書いてあったから楽勝〜と気楽に構えてましたが。
あんな坂があるなら、先に言ってよ!つーか地図に書いとけよ!
と、心の中で罵倒しながら坂道を登りましたが、フツーだったら、京急鮫洲駅から品川に出てJRに乗るところを、京急代をケチった私の自業自得なので、仕方ありません。
でも、品川で乗り換えるの、面倒くさかったんだもん…大井町なら、一本で行けるじゃん…。
ともあれ、大井町駅にたどりつき、約束の時間のちょっと前に浜松町に到着。
この日はタイミング悪く食事を取る時間がなかったので、駅前で軽く軽食を取りつつ休憩し、それから会場に向かいました。

会場に着くと、去年おととしも会ったお姉様たちが、すでに私の席もキープして、待っていてくれました。
相変わらず、お姉様たちもお元気そうで、良かったです。
そんなわけで、実は演目がすごく遅く上演されることがわかったので、しばらくしてから会場の外へお茶を飲みに行きまして、久しぶりにゆっくりとお話することもできました。
年に一度、このときにしか会えない方が多いけど、そういう機会がまだあるのは、やはり貴重で大切なことですね。

さて、今回の発表会。例年通りの大所帯に変わりはなく。頼むから、もう少し早めに上演してくれ〜…というのが本音。
私のお友達は、なんと真ん中で踊る人になっています。大人から初めて●年、まったくの初心者からだったので、改めてすごいことだな、と。
去年の今頃はスポクラでバレエをやっていた私ですが、途中怪我で挫折してそこを辞めて、別のところで再開してから約4か月。
新しいお教室は、大人の初心者クラスでも本当に初めての人が多いので、とても丁寧に指導してくれて、再開組の私でも今まで気付かなかったことに気付かされたり、とても勉強になっています。
なので、今年はそういった自分なりのチェックポイントや先生に注意されたこと指摘されたことがどうも頭に残っていて、そういう箇所をついついチェックしながら見てしまいました。
友達のクラスだけではなく、他のクラスのバレエも見たんだけど、やっぱり大人からだとこういうところがな〜、というポイントがふたつほど。
基本中の基本ですが「引き上げ」と「つま先」でした。
ポアント履くと、余計に目につくんだよね、コレ…。
毎年この発表会は観に行ってますが、その時の自分の状態によって目につくところが変るもんだな〜と、今年は改めて思いました。

帰りは食事をする間もなく、家に直行。浜松町は遠いんだよぅ…。
今週はさっぱりパソコンの面倒が見られませんでしたが、もう仕方ないや…。
なんか、時間かかるよね、パソコンのトラブルって。
posted by Mikkey at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

まさか…

これがまた見られるとは。



1991年の世界バレエフェスティバルで、私はこのバレエを生で見ることができました。
このときの、体の震えが止まらないほどの興奮は、今でもはっきり覚えています。
時代はバブルの極みで、このときは舞台がしっかりと作られていたんですね。硬いと評判の日本の舞台の床を、外国と同じように整え傾斜をつけて。なので、ダンサーたちも目一杯実力を発揮できた公演だったのです。今考えると、よくまあそんな贅沢なことをしたもんだ。確か、今でも銀色の缶ビールを造っているところが、メセナでお金を払ってくれたような覚えが(メセナってのも、死語に近いよねー)。

あれから他の人の踊りを何度か見たけれど、これ以上に粋で素敵で暴れん坊な(笑)「ドン・キホーテ」を見ることは未だにありません。
音声が小さいので聞き取りにくいかもしれませんが、だいたい踊ってる最中に、どよめきと歓声が上がるんですよ(笑)。バレエではあんまりないことですね。
画像が少々悪いのが惜しいけど、でも、これを再び見ることが出来ただけで、泣けるほど嬉しいです。

このバレエフェスティバルの後、フィルム上映会があったんですよね。だから、主催者はこのVTRを持ってるはずなんだけどなー。てゆーか、その前のバレエフェスティバルも、その後のバレエフェスティバルもずっとあるはずなんだけどなー。

首筋にキスをする場面、このふたり(というかデュポン)だけのものでした。今やってる人、いないよね?
posted by Mikkey at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

注目の人

昨日の昼間、つらつらとネットでニュースを見ていたら、K-BALLETの熊川哲也さんが、怪我で舞台を降板したというニュースを読みました。

今回の文京シビックホールでの「海賊」、私も観てみたいなーと思って、チケット掲示板などをちょこちょこ覗いていたので(知ったときには、とっくにチケットの売り出しは始まっていた)、ニュースを見て驚きました。

前回の舞台「白鳥」は、微妙に大人しい感じの演技だったというような話をネットの舞台感想などで読みましたが、以前のケガが完全に治ってなかった…ことはないと思うんだけどな。やっぱり無理があったのかな。

それにしても、前回の怪我も「海賊」、今回も「海賊」。
…なんだかね…。
ニュースには秋の「コッペリア」での復帰を目指すってありましたが、半月板の損傷でそんなに早く戻ってこられるのかしら…。

ま、いろいろ思うところはあるんですが、それはともかく。

ネットのニュースにも大きく出ていましたが(YAHOO!は写真ニュースにもなっていた)、帰宅して夕刊を開いたら、そこにも記事が載ってまして。

こういうときにこんなことを考えるのもアレなんですが、正直なところ、怪我をして舞台を降板しただけでここまでのニュースになるバレエダンサーって、他にあんまりいないよなあ、と思ったのです。

どれぐらいのレベルだったら…と考えてみて、頭に思い浮かぶのは片手の数ぐらい。

やっぱり熊川さんはすごいな、と改めて思った次第です。

何はともあれ、じっくり怪我を治して、また素晴らしい舞台を見せて頂けることを願っています。
posted by Mikkey at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月24日

見えない苦労

朝日新聞金曜日の夕刊に「道具ばな史」というコラムがありまして。
今、バレエの衣装であるチュチュの話が連載されています。

以前日記にトウシューズのことを書きましたが、バレエといって思い浮かべるのは、トウシューズと、チュールのふわっとしたスカートのついているチュチュでしょう。

ご存知の方も多いでしょうが、長いスカートがロマンティック・チュチュ、短い円形のスカートがクラシック・チュチュといいます。
どちらのチュチュも、バレエをやっている方ならば、一度は着てみたい憧れの衣装だと思います。

このコラム、現在3回目で、1回目はチュチュの始まり、2回目は語源から男性舞踊手の苦労、3回目は戦後の日本でどうやってチュチュを作ったか、ということが書かれています。3月の金曜日は今度の金曜が最後なので、次で終わるのかな?

2回目の男性舞踊手の苦労ってのが、なかなか一般的には知られていないことだと思います。この衣装のチュールってのは、外から見ると優雅で美しいですが、いざ触ってみるとけっこう固いんですね。ごわごわしてる。ワイヤーが入っているものもあるし、腕に引っ掛けたりすると擦り切れたりするんですよ。短けりゃ短いで皮膚に当たるし、長けりゃ長いで絡まって邪魔。冗談でなく(笑)。

そんな中で、如何にして女性舞踊手の姿を美しく見せるか、映えるように持ち上げるか。これは古典バレエの命題と言っても過言ではありません。

これからバレエを観られる方は、リフトのときに、そんなことに思いを至らせてご覧になっても、バレエの新しい一面が垣間見られるかと…夢もへったくれもないですが(笑)。

ところで、男性舞踊手も大変ですが、衣装を着る女性舞踊手も大変なのですよ、コレ。

主役級の衣装ともなると、さすがに豪華に出来ています。スパンコールやビーズなどもふんだんに飾られ、それはそれは美しい衣装です。

…が。
その分、重たくなるわけなんですね。

ロマンティック・チュチュはまだしも、クラシック・チュチュは、重心が横に広がっているので、本当に重たくなります。あの薄いチュールも、何重にも何重にも重ねられると、それなりに重さができちゃうんですね。
それに加えて、頭に飾るティアラが、これもまた豪華になればなるほど重たくなるわけで。

だから妙な話ですが、レオタードでしっかり踊れていたものが、いざ衣装を着けて踊ると、その重みのせいでふらふらしてしまうこともあるんですね。テレビ番組などでときどき取り上げられるバレエ団のリハーサル場面では、レオタードにチュチュを巻いた姿でダンサーが踊る姿が見られますが、これはそのためのお稽古という意味があります。

女性舞踊手にとって、スカートの捌きというのは、それだけ大変なことなのですね。これって、バレエに限らず、スペイン舞踊なんかでもそうなんじゃないのかな?

私も、大人になってからの発表会のときに、改めて「衣装ってこんなに重かったっけ?」と思いました。髪飾りも以下同文。
子供の頃は、レオタードに短いチュチュをつけた衣装なんかを、発表会では着ていたこともあったので、あまり感じなかったんだと思います。アレはさすがに軽いしね。

つまり、男性舞踊手は、女性の重さ+衣装の重さを持ち上げてるってことで…。

ホントに、いろんな意味で大変な芸術ですよね、バレエって(笑)。
タグ:衣装 バレエ
posted by Mikkey at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

懐かしい感じ

先月から、近所のスポーツクラブでバレエを再開しています。

●年振りのバレエは、もう大変です。
今までに行ったクラスの中でも、トップクラスに難しいレベル…ちゃんと見学に行って、なんとかなるかな?と思ったのですが、甘かった。
自分の年齢とブランクを忘れていましたm(__)m
頭ではわかってても、体がついていかなーい(>_<)
ただでさえ以前よりも体重が増えているのに…脚が重い、体が重い。
とりあえず、なんとか頑張って行こうとは思ってます。

でも、この2か月ほどで、ホンのちょびっとだけ、下半身が引き締まったような…気のせいかもしれませんが。
しかし、運動は大切ですね、ホントに。

先日、とあるバレエ漫画を購入しまして。
前から読んでみたかった漫画だったので、この週末で一気読み。
ストーリーも面白かったのですが、主人公がアドバイスされていることが、一般人にも役に立つこともあって、けっこう真剣に読んでしまいました。

その中で、ちょっと懐かしかったのが、登場人物のセリフで、
「うちの研究所は、みんな名前で呼ぶの」
と言ったところ。
主人公のいる研究所では、生徒さん同士がみんな、名前で呼び合うんですね。年下の子が年上の子を呼んでも「○○ちゃん」というふうに。

これ、私が子供の頃通っていたお教室もそうだったんですね。幼稚園児が高校生のお姉さんを呼ぶときも「○○ちゃん」。
あんなふうに上手く踊れるといいな、と思っているお姉さん生徒を、憧れをこめて「○○ちゃん」と呼んでいた子供の頃を思い出して、懐かしかったです。

後から考えてみると、「○○ちゃん」と呼ぶことで、垣根がなくなってたんですね。例えば、自分がわからないことをお姉さん生徒に訊きたいときに、「○○さん」だと固くなっちゃうような気がするけど、「○○ちゃん」だと気軽に話しかけられたように思います。

そういや、漫画でもそうだったけど、うちのお教室も、先生も「○○ちゃん」で呼んでたなー。

私が通っていたのは、小さいお教室だったので、そういったアットホームな慣習があったんでしょうね。
大きなお教室はどうなんだろ?今の時代だと、もっと違うのかな?

大人になってから始めたお教室では、さすがに「ちゃん」付けはありませんでしたね(笑)。あ、でも、大人になって初めて行ったお教室は、その当時私が一番の年下だったので、今でも年上のお姉様たちには「ちゃん」付けで呼ばれています。いい歳になってるんですが(笑)。

そんな子供の頃は、体も柔らかくてよかったよ…といろんな点で懐かしく思う、今日この頃です…。
posted by Mikkey at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

「白鳥の湖」今昔

今夜は、教育テレビで放送された、2006年に行われたマリインスキー劇場バレエ団の「白鳥の湖」を観ていました。

この作品は、バレエに詳しくない人でも、もちろんご存知でしょう。バレエと言えば「白鳥の湖」、代名詞になりますね。

これまで、劇場やDVDともども、様々な「白鳥の湖」を観てきました。上演するバレエ団ひとつひとつに、同じ「白鳥の湖」でも個性があります。

その中で実は、私の中ではマリインスキーはちょっと苦手な部類に入ってまして(^_^;)ワガノワメソッドの、手先や足先の大仰な振りが、どうもダメなんですよ。こればっかりは好みの問題なので、仕方が無いのですが。
それと、3幕のグラン・フェッテの後で、必ず舞台進行が止まるのがね。ものすごく拍手したくなくなる(笑)。今の時代になっても変わらないんだなー。この一瞬で、どんなに素晴らしいバレエでも一気に醒めるんですけどね。今日はテレビだからいいけど。
国の名前が変わっても、この習慣は存在し続けてしまったのね(笑)。

今まで観た「白鳥の湖」で一番印象に残っているのは、88年の世界バレエフェスティバルのときのものでしょうか。幕によって踊り手が代わるという趣向の舞台で、私が観に行った日は、当時のパリ・オペラ座のエトワールがずらずらと登場した、なんとも贅沢な舞台でした。もう一生、あんなに豪華な舞台にはお目にかかることはないと思います。まだ若いギエムとルグリが凄かった。

マリインスキー劇場バレエ団は、一度劇場で観たことがあります。といっても、昔々、まだレニングラード・キーロフという名前の時代ですが。

その頃、私は劇場でバレエを観に連れて行ってもらい始めた時期でした。ソ連のバレエ団がボリショイを初めとして次々と来日していた頃で、その公演に連れて行ってもらっていたのですが、レニングラード・キーロフもその中のひとつでした。

そのあと、その時代でいう「西欧」のバレエ団を観に行くようにもなり、やがてもう少し大きくなってから、当時ソ連のバレエ団が抱えていた微妙な陰影に気がつくようになりました。「亡命」という言葉の意味を理解するようになった頃でした。

テレビ放送が始まって、しばらくしてから気がついたのですが、ソ連崩壊から17年、もう「ソ連」という時代を知らないダンサーが、バレエ団に入団している時期に差し掛かっているのですね。

今こうやって観ていると、ソ連時代にはどんな演目にも確かに存在していた、そこはかとない翳りや愁いや暗さは、さっぱりと払拭されています。ソ連時代のダンサーたちとは、明らかにどこかが違う。同じ「白鳥の湖」でも、あの頃にはなかった明るさが舞台に漂っています。

もちろん若いダンサーは、前時代などまったく意識せずに踊っているでしょう。けれど観ているこちらは、時代の移り変わりを実感させられる「白鳥の湖」でした。

4幕で黒鳥が出てくるのってマリインスキーの特徴だけど、この辺も変わってないのですね。伝統は伝統として守っていくのは、とても素晴らしいことです。でも3幕のアレは止めて(笑)。

テレビでですが、久し振りに全幕のバレエを堪能することができました。

たまには劇場に行きたいなあ…といつも言ってる(だけな)気がするけど…(^_^;)。
posted by Mikkey at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

至福のとき

先程、ニュースを見ていて、驚いたことが。

モーリス・ベジャール氏が今日、亡くなられたとのことです。享年80歳。

ひとつの時代が、終わったような気がしました。
最近言われていたことですが、ベジャール作品もすでに古典の範疇に入りつつある、と。
彼が亡くなったことで、名実ともに、そのような時代に変わったように思いました。

80年代の半ばから90年代にかけて、ベジャール氏のバレエ団はほぼ毎年…どころか、作品の上演も入れるならば半年に一度くらいの割合で来日し、公演を行ってくれていました。

当時まだ学生だった私ですが、一生懸命お小遣いを貯めて、何度も何度も公演に通い詰めていました。

それは至福のときでした。ベジャール作品は、慣れればとてもわかりやすいので、見れば見るほど奥深く作品に入り込めて、どんどん興味深く見入っていったものです。

その数多い来日公演の中で、私が最も印象に残っているのは、88年の特別公演「PARIS-TOKYO」です(こんなタイトルだったかなー?資料が今、手元に無いのでわからない…)。後にテレビ放送もされましたが、坂東玉三郎とベジャール・バレエのコラボレーションということで話題になった公演でした。東京バレエ団にとベジャール・バレエ団の共演、そして当時のパリ・オペラ座のエトワール、パトリック・デュポンがゲスト出演してやはり玉三郎と踊り、今思い返しても溜息が出るほどのゴージャスな舞台でしたね。客席にも多くの著名人が招待されていて、この夜の東京文化会館には、何かスペシャルな社交場が出来上がっていた、豪華な公演でした。

そう、この時代はまた、ジョルジュ・ドンの最晩年に当たります。私が最後にジョルジュ・ドンの「ボレロ」を見たのは、91年の世界バレエフェスティバルのガラ・コンサートでした。その前の来日公演が最後の「ボレロ」と銘打っていたので、その夜の「ボレロ」は正にサプライズでした。結果的にこの時の「ボレロ」が、ジョルジュ・ドンが日本で踊った、最後の公演になったはずです。今でも、その最後の「ボレロ」は、はっきりと記憶に残っています。アナウンスが流れた瞬間の会場のどよめき、ジョルジュ・ドンの姿がスポットライトで浮かび上がったときのあの歓声は、決して忘れることができないでしょう。

その3年後のバレエ・フェスティバルの時、ジル・ロマンがジョルジュ・ドンへのオマージュとして「アダージェット」を踊りました。「アダージェット」は私が個人的にベジャール作品の中で最も好きなもので、それをオマージュとして見られたのは、嬉しかった覚えがあります。

ジョルジュ・ドンが亡くなってからほどなくして、私も様々な事情でバレエの公演に行かなくなってしまったのですが、テレビで放送されるベジャール氏の作品は見ていました。
晩年の作品で印象に残っているのは、やはり「バレエ・フォー・ライフ」でしょうか。ベジャール氏の作品にそれまでも漂っていた死生観が明確に打ち出されていたと思います(もちろんそれがテーマの作品ではありますが)。

ベジャール氏の作品でもう一度見たいのは…「コンクール」と「指輪」かな。「コンクール」は先年パリ・オペラ座で上演されましたが、「指輪」はもう無理だろうなー(笑)。他にも改めて見てみたい作品がたくさんあります…ベジャール作品のDVDって多く出ていますが、見てみたいのは、案外それ以外の作品だったりするんですよね。あと、もう手に入らない映像もあるし…何かテレビで放送してくれないかな…。

いつの来日公演のときだったか定かではありませんが、終演後にベジャール氏にサインと握手をしてもらったことがあります。
そのときのベジャール氏の素敵な笑顔と、握手をした手のひらの温かさを、今でもよく覚えています。

病床で最後の最後まで仕事をしていた、というベジャール氏。彼の遺したものは、それまでの偉大な舞踊家たちの作品と同じように、こののちもずっと、後世に引き継がれていくでしょう。

今はただ、あの至福のときをありがとうと、そう伝えたいです。
posted by Mikkey at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

舞姫・3

先日発売された「ダンスマガジン」の11月号に、三浦雅士さんが、元パリ・オペラ座のエトワール、モニク・ルディエールにインタビューされている記事が掲載されています。

…いつもと同じ出だしです(笑)。

以前、こんな記事を書きましたが、私に取ってバレリーナと言えば、この「舞姫」で書いたエヴァ・エフドキモワ、ドミニク・カルフーニ、モニク・ルディエールがベスト3です。ギエムもアナニアシヴィリもフェリも見ていますが、それよりもこの3人のほうが上。ま、こういうのは個人的な好みもありますから。

この3人に共通するのは、叙情的なバレリーナだということ。女優がバレエを踊っている、バレリーナが女優になっている、というのかな。彼女たちは腕1本動かすだけで、観客に物語を感じさせることのできる、そんなダンサーだと思っています。

インタビューの中で、最近のオペラ座にはモニクやドミニクのようなタイプのバレリーナがおらず、そういうバレリーナを生み出すにはどうすれば?というような話が出ましたが、それに対してのモニクの答えは「経験」でした。いやまあ、そりゃそうなんだけども(笑)。でも確かに「経験」するしかないかとも思います。モニクがエトワールだった時代、オペラ座にはタイプの全く違った男性のエトワールが粒揃いしていました。彼女はおそらくそのほとんどのダンサーと踊っていて、それはものすごい「経験」になったでしょう。今、これだけのタイプのダンサーと踊り分けの出来る人がいるかと言えば…どうなのかな?

オペラ座のダンサーが一時より随分大人しくなってしまった一因として、学校がナンテールに引っ越してしまったことが上げられていたこともありますが、それからすでに何年くらい経つのかな?マチューのような踊り手も現れていることで、やっとオペラ座がナンテールの学校に馴染んできたかな、とも思います。ヌレエフ時代を知るエトワールがオペラ座を去り、これからはそれを熟成させより新しいものを生み出す時期になるのかもしれません。

オペラ座談義になってしまいましたが(笑)。
モニクを語るには、やはりオペラ座は欠かせないかと…先程も書きましたが、80年代後半から90年代にかけて、本当にオペラ座のエトワールは華々しい時期がありました。その中で、より一層光り輝いていた星がモニクだったという印象が、私にはあります。
彼女の「ドン・キホーテ」は粋でチャーミングだったし、彼女の「ジゼル」は繊細で儚げな中にぴしっと一本筋が通っていました。「エスメラルダ」のパ・ド・ドゥでは、エキゾティックな魅力を満載に見せてくれて…そういえば当時、テクニックといったらどうしても派手なギエムやピエトラガラに目がいったものですが、この「エスメラルダ」でタンバリンを叩いた彼女のバランスとポワントの美しさが、今でも忘れられません。失礼ながら、技術的には彼女たちほどではないだろうと思っていたのが、はっきり覆された瞬間でした。

モニクはオペラ座を離れてから、フリーで様々な舞台に立ち、今度は舞台の演出も手がけるそうですね。今回ルグリの舞台に出演したように、また舞台に立つ可能性もありそうで…オペラ座のエトワールという肩書きはなくなっても、モニクからはまだまだ目が離せそうにはありません。こういうとき、ネット時代は便利だと思う…昔は引退すると、さっぱり情報がなくなっちゃったからなー(なくなってる人もいますが・笑)。

そういや、同じ「ダンスマガジン」に掲載されていたルグリの舞台の記事、何かモニクとルグリのペアが大絶賛でしたが…それはどうなの?、と一瞬思った(笑)。
その舞台には有望な若い人たちがもちろんいたようで、やっぱりオペラ座は層が厚いな〜、とつくづく感じました。すごいね〜。
posted by Mikkey at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

憧れの靴

ダンスマガジン2007年10月号にて、「トゥシューズの秘密」という企画がなされています。

バレリーナといえば、トゥシューズ。
とにかくある種の人々には、靴に脚を入れてリボンをばってんに結ぶことが、魔法を掛けられたにも等しいほどの魅力があるのです。
「ダンスマガジン」の特集は、そのトゥシューズの特集。

バレエをやる女の子(男の子も?)にとっては、まず目標はトゥシューズで立って踊ることでしょう。バレエを習ってなくても、子供の頃、上履きでつま先立ちしてみたりとかした思い出がある人もいるかもしれません(最近の子供はそんなことしないかなー?)。

しかし、これがなかなか容易なことではなく。何年も鍛錬してからやっと履けるようになるというのは、誇張でもなんでもありません。
ま、最近は靴が良くなったから、誰でも立てることは立てるかもしれませんが、立てると踊るは全く別物です(笑)。

私も子供の頃にちょこっと、そして大人になってから1度だけ発表会でトゥシューズを履きましたが、感想としては痛し痒しって感じですかね(笑)。履けたのは嬉しいけど、ちゃんと踊るためにはまだまだ全然なっちゃいない、って思いました。今は履いてませんが、履きたいのかどうか…どっちでもいいや、という気持ち(笑)。もう大人ですから…。

でも、大人だからこそ、小さい頃から憧れて、大人になって頑張って履けるようになった、という人も、たくさんいるかと思います。私の母は、その年代にしては珍しく子供の頃バレエを習っていて、未だに同年代の人からは羨ましがられるそうで。その母の修行時代には、トゥシューズを履いて平均台の上を踊らされるという、一昔前の少女マンガに出てくるような練習が、ホントにあったそうです。今でもやってるんでしょうか…?って少なくとも、私の子供の頃にはそんなことはもうやってなかったけど…。

ともあれ、トゥシューズ。


ところで、この特集の中に何人かのバレリーナの方が登場して、それぞれトゥシューズについて語っていますが…どうでもいいけど、「初めてトゥシューズを履いたのは」6歳とか7歳とか言わないほうがいいと思うんだよね。日本のバレエ教育がいかに宜しくないか、バレバレになっちゃうじゃないですか(^_^;)。
まあ、今ダンサーとして活躍できてるんなら、それでいいのかもしれないけど…。
posted by Mikkey at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

ドリーナバレエシリーズ

30代ぐらいの年齢の方で、小さい頃にバレエを習っていた、もしくはバレエに興味があった方なら、この本をご存知の方もいらっしゃるかと思います。

.JPG
「ドリーナバレエシリーズ」です。

イギリス郊外に祖父母と住む10歳の少女ドリーナは、小さい頃からバレエが大好きでしたが、祖母は習うことを断固として反対します。そこにはドリーナの両親に関係する深い理由があったのですが、ドリーナの懇願に負けて、とうとうバレエを習うことを許します。バレエに熱中したドリーナは、いずれはバレリーナになると心に決めましたが、祖父母は子供の頃だけの習い事として、ドリーナを失望させます。やがてロンドンに引っ越すことになったドリーナは、一旦バレエを辞めさせられてしまうのですが、なんとかしてもう一度バレエを習いたいと、努力を始めます…。

というのが、物語の序章。ここから、全10巻(日本語訳)に渡る、バレリーナを目指すドリーナの物語が繰り広げられます。

私がバレエを習っていた小学校低学年の頃、それならと図書館の司書の方に薦められたのが、この本でした。この時点では6巻までの刊行でしたが、さすがに低学年ではまだ話についていけず、記憶の底にしまいこまれることとなりました。

それから数年が経ち、ふとこの本のことを思い出した私は、やはり図書館の司書の方に尋ねてみました。このときには「ドリーナバレエシリーズ」というシリーズタイトルと本の装丁がクリーム色だったということしか覚えていなかったのですが、司書の方に骨折っていただいて、なんとか見つけることができました。このときに全10巻として刊行されていたことを知りました。

それから長い時間が経ちましたが、未だにこの本は私の第一の愛読書です。バレエ物語は数々読みましたが、この話以上の本を読んだことはありません。

その魅力は、なんといってもドリーナの生活振りが事細かに語られていることでしょう。バレエ学校でのレッスン、ウエストエンドへの舞台出演、バレエ団とともに踊ること…それに伴って、彼女が住んでいるロンドンの街、旅行先のイタリアやパリ、ニューヨークやスイスの描写が素晴らしく、ドリーナと一緒に旅行をしている気持ちになれました。学校の制服とか、少女小説らしく、ファッションの描写も細かくて素敵です。イギリス物なので、食事の描写だけはほとんどありませんが(苦笑)。

私の手元には9巻と10巻しかないのですが、大人になって揃えようとしたときには、すでに絶版で手に入りませんでした。そして、ネットをするようになって、初めて幻の「11巻」があることを知り…原書なので英語が読めるかどうか不安だったのですが、先日とうとう手に入れることができました。

11巻
Drina Ballerina.JPG

復刊ドットコムでも現時点で100票を超える希望が寄せられています。
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=1929

原書の古本は、AMAZONなどで日本語版よりも比較的楽に(価格も安く)手に入れることができますが、何しろ英語(苦笑)。
古い本なので、図書館にあるものも、そろそろ処分されている地域もあるようです。ウチの辺りもいつ処分されるか、びくびくしているのですが…。

その前に、復刊されることを、切実に願っています。


現在その11巻を読んでいるところなのですが、もし11巻がどんな話か知りたい方がいらっしゃいましたら、「続きを読む」をクリックしてみてください(^^)






続きを読む
タグ:児童書 洋書
posted by Mikkey at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月29日

舞姫・2

先日発売された「ダンスマガジン」の7月号に、三浦雅士さんがドミニク・カルフーニにインタビューされている記事が掲載されています。

…はい、昨年11月の日記と同じ出だしです(笑)。そして、いい加減に「バレエ」というカテゴリを作ったほうがいいんじゃないか、と思う今日この頃。こちらの日記は思いついたときに書く備忘録みたいなものなので、つい扱いがおろそかになってしまうのですが…(だいたいタグも設置してないし)。

ま、それはともかく。ドミニクの話です。

ドミニク・カルフーニは70年代後半にパリ・オペラ座のエトワールとなり、その後マルセイユ・バレエ団に移籍、80年代から90年代にかけてをローラン・プティのミューズとして踊ったダンサーです。今では現パリ・オペラ座のエトワール、マチュー・ガニオのお母さんと言ったほうが、ご存知の方も多いかもしれません。

三浦さんも対談の中で「衝撃的な内容が」とおっしゃってましたが、確かに読んでいた私も驚いた話がいろいろありました。オペラ座を辞めたいきさつ、その後のプティとの対話。ヌレエフと踊る機会を逸していたこと、ノイマイヤーが踊ってみたかったという発言…。

私は90年代の初めに、来日したドミニクのバレエを何度か見ています。プティの作品を踊るドミニクは、とても詩的で美しいバレリーナでしたが、今そう言われると、確かにヌレエフと踊るドミニクが見てみたかった。「マノン」や「椿姫」を踊る彼女が見てみたかったと思います。

しかし、その道を歩んだとしたら、私が目にした「失われた時を求めて」や「マ・パブロヴァ」はおそらく見ることができなかったでしょう。ドミニクの「レダと白鳥」は今でもくっきり映像が浮かぶほどの、素晴らしいバレエでした。

ダンサーとしてどんな人生を歩むのかは、本人の意思もあり、そのときの時代の流れもあり、難しいものです。歴史に「もし」は禁句だけれど、この対談を読んだら、ついそのひとことをつぶやいてしまいました。

そして、個人的にびっくりしたのが、マチューのお父さんであり、当時彼女と並ぶマルセイユ・バレエ団のプリンシパルダンサーだったデニス・ガニオと結婚していなかったということ。フランスではさほど珍しいことでもないのでしょうが…当時、楽屋口から仲良く寄り添って出てきたふたりを目にしている私としては、やはり大きな驚きでした。

とはいっても、そのときにふたりと一緒にいた小さな男の子が、今やオペラ座のエトワールなわけで…時の流れを感じるとは、まさにこのことですね。思わず自分の歳も数えちゃうけど(苦笑)。

でもそうやって、次世代に繋がっていくのは、とても素敵なことだと思います。私はまだ、マチューのバレエは生では見たことがないけれど、ビデオで目にした彼の踊りは、父の力強さの中にも繊細さが見られるバレエと、母のたおやかな芯のある美しさがミックスされたように、私には感じられました。これからマチュー自身が、それに自分を加えていくのでしょう。

ドミニクは今回、日本で行われるコンペテイションのために来日したと聞きます。オペラ座出身のダンサーは、引退後に日本で教えたりコンクールの審査員などをしに来日することが割りと多いように思いますが、日本の若いダンサーたちも、彼女たちにしっかり学んで、成長していって欲しいと思っています。

タグ:バレエ
posted by Mikkey at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月05日

懐かしいひと

昨日You Tubeを何の気なしにうろついていたら、こんな動画を発見しました。



元パリ・オペラ座のエトワール、パトリック・デュポンとモニク・ルディエールによる「ドン・キホーテ」のレッスン風景です。

80年代のバレエ愛好家ならば、このふたりの名前を知らない人はいないでしょう。
私はホントにこのふたりのバレエが大好きで…といっても、当時まだ子供だったので、見られるわけもなく。今のように情報もすぐ入ってくる時代ではなかったので、雑誌の記事や新聞記事で、その動向を追うよりほか、ありませんでした。

彼らの組み合わせは、結局日本で踊ったのは3回ほどでしょうか?その後90年代にかけて、パトリックもモニクも何度か見たことがありますが、このふたりでとなると、たった1回だけでした。

You Tubeの是非については、いろいろ論争が起こってはいますが、こうして懐かしい人の懐かしい動画を見られるのは、本当に泣けるほど有難い。この映像も、もちろん当時みたことないものです。どこから流れてきたのかわからないけれど、まだふたりともけっこう若いから、おそらく私がいちばん見たかった時代の動画でしょう。

その他にも、私が見るのは1930年代の映像とか、そんな変わったものばっかりですが、例えば今は亡き方たちの見たことのない映像を見られるのは、ネット時代に感謝というところですね。

それにしてもモニクはともかく、パトリックは本国フランスのサイトを探っても現在の動向がよくわからないんだけど…You Tubeの動画もホントに少ないですが、今何していることやら…(^_^;)

タグ:バレエ
posted by Mikkey at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。