2012年05月21日

金環日食

今朝の金環日食、私の住んでいる地域はその時間帯は十分に雲が切れてくれて、しっかり見ることができました。

時間的には間に合ったのですが、せっかくの173年振りの金環食、これはゆとりを持ってじっくり見たいと、今日は休みを取りました。やっぱ休んでよかったな〜、結局その後、いろんなニュース見ちゃったしね。

準備したのは、日食メガネのみ。コンデジに付けられるフィルタや、太陽用双眼鏡の購入も考えたのですが、写真は私よりもっと腕の良い人がいるだろうし(そしてそのうちネットに上げてくれるだろうし)、双眼鏡はもう使わなさそうだし…テレビでも、来月の金星の日面通過が見られるから日食メガネは保存しといてね!とさかんに言ってましたが、季節的に何か微妙な感じじゃないですか?まあまだ梅雨入りはしてないと思うけど。

そんなわけで、とりあえずメガネで見られればいいや、と。そんなに時間があるわけでもなし、それでちょうどよかったと思います。

ちょうど金環食に入る直前、隣の家のお嬢ちゃんたちがベランダに出てきて、メガネがなかったので貸してあげたら喜んで見ていました。ウチの地域の小学校は、この日食に対して全く配慮がなかったらしく、終わったら慌てて家を飛び出していきましたよ。なんつーか、子供にはこういうのちゃんと見せてあげたほうがいいと思うんだけどなー。通学時間帯をずらした自治体もありましたよね。

それにしても、東京で97%太陽が隠れるということで、どれぐらい暗くなるかと思ったら、自分予想よりぜんぜん明るくて、ちょっと驚きました。太陽光ってすごい…!残り3%でもあんなに明るいんですね。
とはいえやはり、夜明け近くまで時間が戻ったような感覚があったのか、鳥が早朝のように盛んに飛んでいました。少し気温も下がったのはわかったし…うーん、自然ってすごい。

次に東京で金環食が見られるのは、なんだか900年後とか…?少なくとも私が生きている間には絶対起こらないわけで、なんとか天気が持って、見られてよかったと思います。

となるとしかし、やっぱり一度皆既日食って生で見てみたいですね!
お金と時間があったら、皆既日食ツアー行くのになあ…!
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2012年04月08日

春爛漫

という割には、昨日はめっちゃ寒かったですがー。
ついこないだは、爆弾低気圧が通り過ぎたりしてましたがー。

そういう突然の気候の変化もまた、春ということで。

前回の日記は冬真っ盛り。今年の冬は、ホント寒かったですね。
その間、書くことがなかったわけでもないんですが、今日記を書くと会社の愚痴ばっかりになりそうで(-_-;)
「私は赤字を出すためにいる」なんていう上司がいる会社に、これ以上いたくないッスよ…。

まあ、まだ会社にはいますが、つらつらと転職活動しなければと思う今日この頃です。
この歳だとキツいよな…今の世の中、若くたってキツいのに…。
なのに↑みたいな人間がのうのうと暮らしてるなんて、何か間違ってる。いつか天罰が下るさ。

…というような内容ばっかりになりそうなのでー(^^;)

とりあえず、桜。桜2.JPG

今年も綺麗に咲いていますね。
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2012年02月20日

アナログとデジタル

いきなりな話ですが、先週ぐらいからふと、フォトブックというものを作ってみようかと思い立ちまして。

思い立ったのはいいのですが、私がまとめてみたかったのは、最近の写真ではなく昔の写真。
つまり、35ミリフィルムのネガと現像した紙の写真の画像を使ってみたかったのです。

で、こういう場合どうすりゃいいわけさ?と考え、まずデジカメでその写真を撮ればいーんじゃね?と、上手い撮影の方法をネットで検索してみたらば。

今は、スキャナーというものがあったんですね。
ウチにはプリンタもなければFAXですら置いていないので、まったくこれっぽっちも頭に浮かびませんでしたよ。
自炊のこともいろいろ調べてあったのに、本は思いついても写真は思いつかなかった。同じだってば!
しかも、現代にはフィルムスキャナーという、ネガをデジタルにしてくれる便利な機械まであったんですね。
こんなことも知らないのか?と詳しい方はお思いになるんでしょうが、そもそもどの媒体にしろアナログ→デジタル変換を思いつくのは1年に1度ぐらいであるので、その間に蓄えた知識が古くなり、最新技術にびっくり、ということを繰り返しているのです。この業界の日進月歩は早すぎる。
自炊を細かく調べてみたのも、もう確か1年ぐらい前になるしなあ。別に何もやってないけど。

こういった画像の場合、紙データをスキャンするも自分でスキャナーを買うもよし、レンタルでやるもよし、量が少なければコンビニでもできるという気軽さ。素晴らしい。
とりあえず今のところはさしたる量もないので、コンビニのスキャナーを使ってチャレンジしてみようと思います。

これらのことについて少し調べてみて知ったのですが、昨年の震災以降、大切な紙媒体をデジタルデータ化して保存する、ということを進めている人が多いようですね。
確かに、デジタルデータにしておけば、コピーも簡単だし。データ量が多ければクラウドサービスというのもあるし、あちこちの媒体に保存しておけば紛失の可能性も少ないですよね。
便利だと思う。

思うんだけど…。

どーしてどの媒体にしろ、アナログ→デジタルの変換には多大なる時間がかかるんでしょう?

いや、これだけ多くのデータをデジタルにするには無論時間は要るだろうと、頭ではわかっているのですが。
最たるものが、VHSビデオテープのデジタル変換。6時間の番組に最低6時間かかる!
そりゃそうなんですが、昔はカセットテープですら倍速ダビングという技術があったのに、なぜビデオデッキにそれが使えないのかと。
そして、先日パナソニックがとうとうVHSビデオデッキの生産を終了したというニュースを観て、戦々恐々です。ウチのビデオデッキが、あとどれだけ持つのかとても不安。
DVD化される見込みのないドラマや、昔放送された後はエネッチケーのアーカイブにすらないような舞台中継など、ホント今の内にどうにかするしかないんですが…。
業者がやってくれるVHSビデオからデジタルへの変換は、こういうテレビ放送されたものとかはできないんだよね。
それじゃまったく役に立たないんだけどさ。ダメなら放送局が責任持てよ、と八つ当たりもしたくなります(笑)。

ところで話は違いますが、先日からこの日記でお話しているバレエ・リュスの話。
相変わらずマイブームは続いておりまして、図書館から本をどかどか借りてきている今日この頃ですが。

先日、これ関連の新刊の本が出まして。
某デパート内の本屋さんにさてどんなものか?と観に行ったはいいのですが…奥付を見た瞬間に、失礼ながら固まってしまいました。
なぜってそれは、「定価:7,980円」。
…そりゃそうだよ専門書なんだから。部数そんなに履けるもんじゃないしね、このテの本は!
と脳内で自分を落ち着かせようと思っても、やはり庶民の私は本1冊「7,980円」と値段にはビビってしまうのです。
しかも、当然ながら厚くて重い。たとえ買ったとしても、この本の置き場所が私の部屋にはおそらく無い。

こりゃダメだ、すまないが図書館にしよう…と、とぼとぼその場を後にしたのですが、電車に乗って携帯を開いてから改めて、ああいう本こそ電子書籍にしてくれりゃいいのになーと思いまして。
電子書籍で5,000円ぐらいだったら、ちょっと考えてみると思う。いつでもどこでも読めるというのは魅力だし。たとえマイブームが終わって次に再びマイブームが来るのを待っても、本の置き場所にも困らない。
図書館で借りてもいいけど、期限内に読み終えられるかどうかわからない分厚さだったし。そして仕事をしている今、それを家だけでしか読めないというのは、けっこう辛い。通勤の行き帰りに読めたら捗るだろうなあと思う。

…と考える私のような人って、けっこういると思うんですよね。特に専門書の領域には、意外と。

ともあれ、今はアナログとデジタルの過渡期なのでしょう。一方はすごく便利になったり一方はむしろ不便になったり、さらにもう一方は両方共存してどうなったり、とか。
今後デジタルとアナログには様々な方向性があると思いますが、どの分野がどんなふうに淘汰されていくのか、ちょっと興味津々ではあります。

ま、なんでもいいけど、とにかく便利な方に変わっていってくださいね…!(結局これが本音)

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2012年01月15日

寒い冬

新年が明けてから、約2週間ほどが経ちました。

先週は3連休だったので、その後にやっと正月気分が抜けたかなー、という感じです。
3連休は出ずっぱりだったので、今日はお疲れ休みということで、家でぐーたらする午後。

正月はぐーたらしまくってましたが、2日は箱根駅伝を見ながら、自宅電話のセッティングを行っていました。
実は、自宅電話のディスプレイが壊れてから、すでに1年以上が経っていまして。でも繋がってはいるので、面倒くさくて放っておいたんですねー。だいたい、家族全員携帯電話を持ってるし、自宅電話なんてほとんど使わないじゃないですか。
しかしまあ、いつまでもそのままというわけにもいかないし、仕方がないので年末に電話機を買ってきて、正月にセットしようと思ってたんですね。
案の定午後一杯かかって、しかも3回ぐらい切れそうになった…どーして今時の電話機って、いろいろ設定が面倒くさいの?携帯電話のほうがよっぽど楽だー!!(それでも丸1日くらいかかるけど)。
結局、あまり使う人がいないから、メーカーも手を抜いてるんだなー、と。そう思うしか。

3連休の中日は、久し振りに幼馴染みたちと再会。気がついたら3年くらい経っていたらしい…。
集まった5人とも中学の同級生だったのですが、そのうちのひとりが卒業アルバムを持ってきたので、さあ大変!次から次へと出てくる昔話で、ノンストップ5時間喋りまくりでした。いやー、卒業してからこんなに卒業アルバムをじっくり眺めたのは、初めてだよ!
しかし、もうあれから何十年も経っていて、それぞれ環境も変わっているのに、人の中身はあまり変わっていない。ついでに外見も変わっていない…と思い…たい…。
何年に1度かはこんな集まりも良いものです。周囲には傍迷惑かもしれませんが(笑)。

その翌日は、通っているバレエ教室の発表会でした。
小さい子たちも、何回目かの発表会ともなれば、だんだんみんなお姉さんになってきて、踊りも上手くなってきてびっくり。子供ってすごいですねー。
でもその分、やはり成長の早い子と遅い子に分かれてきたかな…とも思いました。差がついてしまうのは、どうしても避けられないこと。そうやってこれから、現実を知っていくのでしょう。けど、楽しんで踊れるうちは、楽しんで欲しいですね、子供には。
大人は今回出演者が少なかったのですが、頑張ってるな!と。こちらは見習わなければなりません。
いろいろあって発表会って今まで回避してたんだけど、来年辺りはそろそろ…と思わないでもないですが、その前にこのとても衣装を着られない体をなんとかせねば。
と、毎年言ってるので、ホントいい加減なんとかしなければ…と思います。健康診断も近いことで。

それにしても、今年の冬は寒い…ライオンズの人たちも、ナカジの件も落ち着き、それぞれ自主トレを始めているようですが、暖かいところでやっている人たちはともかく、西武第二球場は寒そうだよね…ケガなどしないように、頑張って欲しいです。てか、見習え、私。

そして東京は、そろそろひと月ほど雨が降っていないことになるようですね。
昔、昭和何年の話かは忘れましたが、たぶん30年代くらいの「サザエさん」の漫画のネタに、80日ほど雨が降っていない、というのがあったような気がします。
この寒さだと雨が降ったら雪になりそうだけど、乾燥っぷりが半端ないので、そろそろ降っても仕方ないかな…と思っています。風邪も引きやすそうだし。

こんな感じで、割とのんびりした年明けを過ごしています。こののんびり平和な感じが、今年もずっと続きますように…。
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2011年12月31日

良いお年を…

このブログをどーするかなー?と考えつつ、いつの間にか1年経ってしまいました。
引き続き来年もどうするのか考えつつ、ときどきふと書いてみたりとかするのでしょう。
毎年、同じような目標を心の中で掲げつつ新年を迎えるのですが、なかなか実現は難しい。
そうやって日々を過ごしていくのでしょう。

…というか、日々を過ごしていければいいと思います。
今年は、そういった日常生活を続けていくことの本来の難しさに気がつかされ、それがどんなに大事な大切なことだったかを知らされた1年になりました。

東京はそろそろ冷え込んできました。
PCに向かいながら、マウスを持つ右手に指無し手袋登場。

ここまでちょいとバタバタしすぎだったので、お正月は少しゆっくりしたいと思います。
やり残したこともあるんだけど、まあいっか…(それぐらいのことならね)。

良い新年を迎えられますように。
貴方にも、自分にも。
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2011年12月06日

大詔奉戴日

大詔奉戴日という言葉をご存じでしょうか?

リンク先にもありますが、1941年12月8日の太平洋戦争開戦を記念(というのかどうか)するために毎月8日に定められていたものです。

私はその言葉を、この本で知りました。
P1000252.jpg
あかりのない夜
表紙をご覧になっていただければ一目瞭然ですが、この児童書は戦争末期が舞台になっています。

しかし、ここに書かれていることは戦争の話だけではありません。

戦況もいよいよ苛烈を極めてきていた1944年12月7日午後、紀伊半島東部の熊野灘、尾鷲付近を震源としたM8クラスの大地震が起こりました。
東南海地震と呼ばれる地震です。
阪神淡路大震災以後、日本の地震の歴史がクローズアップされる中で、この地震もようやく歴史に登場するようになりました。

この本は児童書ですが、ちょうど静岡県で東海地震議論が盛り上がりを見せていた1977年に出版されたものです。
先程の言葉もそうですが、東南海地震というものがあったことも、私はこの本で知りました。

本の舞台は静岡県西部、袋井付近です。
ここに東京から学童疎開でやってきていた小学5年生の女の子を主人公として、疎開の生活の辛さから地震の経験、さらに地震によりまたこの土地から別の土地に疎開することまでが描かれます。
この小学5年生の女の子の日記を元にした記述と、作者である上坂さんが地震について取材している様子が交互に書かれ、一種のノンフィクションノベルのような構成になっている小説です。

東京から疎開してきたこの学校では、勤労奉仕に向かう途中で何名かの子供が地震のために命を落としました。
本の最後のほうでは、都心に住んでいたこの子たちの両親も、3月10日や5月25日の空襲で亡くなったり一家全滅したりで、未だに骨壷の引き取り手がない、ということが書かれます。
この時点で戦後約30年近くが経っていましたが、当時に生きている人でもこの地震の知識はなく、また地震を体験した人でも震源地やどのくらいの被害だったのかなど、詳しい知識は持っていませんでした。
すべて戦中の報道管制のため、民間人にそれら一切が知らされることはなかったそうです。そのため、戦後になっても長い間、この地震は他の地震に比べて知るものの少ない地震となってしまいました。
でも、国内では報道管制されていましたが、外国では地震計にはっきりと兆候が出ていたので、アメリカなどでも日本で大地震が起こったことは筒抜けだったようですね。
これくらいの大きさの地震なら、そりゃそうだよなあと思いましたが…。
また、本の中にも当時の被害状況等が図になって載せられたりしていますが、現在の数字よりももっと規模が小さくなっています。
それだけ、1977年時点においても、状況がはっきりしなかった地震だったのでしょう。

大詔奉戴日という言葉は、確か彼女たちの地震後の台詞にあったものだと覚えています。
「明日は大詔奉戴日だけど、これでは行事はできないわね」というような意味合いの台詞でした。

今年の春の東日本大震災以来、家にあったはずのこの本を、私はずっと探していました。
といっても狭い家なので置いてある場所はわかっていたのですが、なかなかそこまで手が届かず。
先々月、ようやくその場所の整理をしたので、この本も取り出せることができまして、久しぶりに読み返してみたのでした。

子供の頃に読んだときには、へえそんな地震があったんだ、くらいな考えだったと思います。図解されている地図を見ても、あと東京の地名を書かれてもよくわからなかったし。
けれど今は違います。大人になってから読んだら、この本から読み取れる情報の多いことといったら。
そしてこれまでに加えた知識と、曲がりなりにも自分も大震災を体験したということで、さらにこのお話の重みが増してきたような気がしました。

現在、絶版になってしまっているらしいのですが、今こそこういう本を出版してもらいたいものです。
図書館などには、まだ保存されているところもあるでしょうか?
(ちなみにウチの地域の図書館には、かろうじて保存されておりました)

子供が読んでも大人が読んでも、今だからこそこの本の内容は胸に迫ってくるものがあるでしょう。
地震と戦争の犠牲になった子供たち。その姿を、私たちは忘れてはいけないと思います。
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2011年08月25日

バロメーター

先日の日記で綺麗な花を咲かせていた朝顔は、昨日帰国された隣家の方が引き取ってゆかれました。
ベランダががらんとして、ちょっと寂しい。

しかし、けっこう巨大になってしまった朝顔を、学校に持っていくというのでびっくり。
昔はそんなことしたっけ…?夏が終わったらそのままだったような…。
そして、新学期も今日からなのですね。
夏の情緒はどこに行った。

…という話や、旅行が楽しかったというお嬢ちゃんたちの声が玄関のほうから聞こえてくる間、私は居間でぐったりとしておりました。

昨日の朝方、なんか胃がむかむかする感じで目が覚め(そういえば寝付きも悪かった)、起きて仕事に行く支度をしていたら、急に吐き気が…。

それからもう、大変です。丸1日起き上がれなかった。ずっと寝ていたので軽い脱水症状にもなったらしく、夜は熱が39度近くまで上がる始末。

今日起きたら熱は下がってましたが、ふらふらでとても会社に行けるような状態ではなく…いきなりの連休です。昨日はかかりつけのお医者さんがお休みだったので、今日は朝一で診てもらいました。まあ、昨日やっていたとしても、とても医者まで辿り着けなかったでしょうが…。

そこでの診断は疲れから来る胃腸炎ということで、帰ってきて昼食を取り薬を飲んだらだいぶ良くなったので、なんとかパソコンに迎えている状況です。

これの他にも、実はしばらく前から右脚を肉離れ的な症状が襲っていまして、ついでとばかりに整形外科にも行ったら、3週間のドクターストップ。
なんだかな〜、もう…。

しかし胃腸炎も肉離れも、どちらの病院でも「疲れが出るとなりやすい…」というコメントを頂いているのですが…。
そして理屈はわかるんですが、この「疲れ」っての、どこから判断すればいいんでしょうね?
何かわかりやすいバロメーターみたいなのってないのかな?

今回はどちらも突然来たもので、後から「そういや疲れてた?」と思うくらいで、自分的に「疲れ」の自覚症状はなかったんですよね。睡眠時間も平均6〜7時間は取れてるし、だいたい私は基本ナマケモノなので、何もないときはぐーたらしてることが多いし。いつもよくある肩こりみたいな症状は、ここのところほとんどなかったし。

風邪のように前兆があるものならいいんだけど、突然来るものは対処に困ります。
今年の猛暑のせいかとも思ったんですが、猛暑っていうなら去年のほうが暑かった気がするんだけどな。天候の移り変わりが、今年はおかしいからかしら?

とりあえず、秋冬には温泉でも行ってくるか、とは思いました。
疲れを癒すというと、それぐらいしか思いつかん…。

何しろ、どちらも早く治したいです。貴重な有給休暇を2日も使ってしまった…(これが一番の疲れの原因になりそうな気もする)。

ところでそんなわけで家にいて、観るともなしにテレビを観ていたんですが、テレビ世界は某芸能人が引退するという話で盛り上がってますね(現在進行形)。彼がやっていた番組の一覧表を見ましたが、我が家ではどれもこれも視聴していなかったので、いかに今テレビ(というかフツーの民放)を観ていないか改めて実感しましたよ。

なんていうか…テレビってもっと他にやることあるんじゃないのかなーと、ちょっと思った久々のワイドショー視聴感想でした。
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2011年08月21日

夏は過ぎゆく

約ひと月ぶりの更新です。

前回の日記から猛暑が続いていた東京地方ですが、一昨日の豪雨を境にすっかり秋の様相を呈しているこの週末。

暑い夏も夏らしくて良いのですが、家でいろいろ動くには、やはり涼しいほうがありがたいです。
まあ、暑い夏といっても、最近は限度越えてますからね。熱帯でもこれほど暑くないんじゃないか?とふと考えてしまうほどの、気温の上昇っぷり。

今年はいろいろあって夏休みも遠出はせず、これまでの疲れを癒そうと家でゴロゴロしていた日のほうが多かったのですが、家でゴロゴロしているほうが暑かった。
節電の夏なので、なるべく昼間はエアコンを使わないようにしていたので、よくこれほど汗をかくというくらい、汗をかいて過ごしました。元々私は汗かきさんなので、かなり絞ったと思います。でも痩せない(そりゃそうだ)。

自主的に節電をするのは構わないのですが、テレビであれこれ言われるとうっとうしいですね。いろんな場所の節電を紹介するのはいいんだけど、じゃあオマエはどうなんだ、と(笑)。つまらないどっかのドラマやバラエティや通販番組を流すくらいだったら、その間電波を止めたほうがいいんじゃないか、と本気で思った夏でした。

あと、東京は湾岸のビルを5〜6個潰せば、ずいぶん風通しも良くなるし、節電になると思います。
ゆりかもめに乗るといつも思うけど、あれは都市計画の完全な失敗だよね。歯止めが効くうちに塞ぐのをやめたほうがいいと思う。

ところで今年の夏は、我が家では日々朝顔を愛でて暮らしておりました。

こんな。
朝顔1.JPG

朝顔2.JPG

最初は自分で植えて育てようと考えていたのですが、考えたころにはすでに7月も真ん中辺に来ておりまして(遅)。
あきらめていたところに、臨家の方が帰省するというので、それではとお嬢さんが学校で育てた朝顔の面倒を、帰省の間みさせていただくことにしたのでした。
そんなわけで、毎朝起きて朝顔の写真を撮るのが日課に。

隣家の方は外国の方なので、帰省も1か月の長期です。友人に話をしたら皆口を揃えて「朝顔の観察日記はどうするの??」と疑問を出したのですが、今はそんな宿題もなかなかできない時代なんでしょうね。私が子供の頃は花壇の当番があって、夏休みでもちょこちょこ学校に行ってたものですが、それも難しいですよね。外国まで帰省するなら、お盆休みで2〜3日、というわけにはいかないだろうし、そういう子供も増えているかもしれないし。

この話から、子供の頃の夏休みの話で友人とは盛り上がりました。東京っ子と地方っ子の夏休みは(昔の話だけど)格差がとんでもなく大きかったということに、改めて気がついた夏です。
ま、あたしら都会の人が帰省してくるところに住んでたからね、と、同じく地方出身の友人とうなずき合ったお茶の時間でした。

もう1回ぐらい、残暑のぶり返しがあるのかな。
夕方、日が落ちるのが早くなってくるのが妙に切ない、今日この頃です。
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2011年06月14日

日曜日の夜

ここのところ日曜21時台のテレビ視聴率争いが話題に上ることがあります。

震災以降、日曜夜の在宅率が高くなっているとか。
冬になると日が落ちるのが早いので日曜夜の在宅率は上がるので、夕方の番組「笑点」や「サザエさん」の視聴率が上がることになります。
現在は夏に向かっているので日は長くなりましたが、それでもこの21時台のテレビ視聴率が各局合計で8割近くになるということは、単純にやはり在宅率が高いのでしょうね。

今クールの21時台はTBSの「JIN -仁-」・フジの「マルモのおきて」のドラマ二作品に注目が集まっています。今回は「JIN」の一人勝ちだろうと予想されていたところへ、ダークホースの「マルモ」が上がってきたというところでしょうか。

ちなみに私は「マルモ」を観ております。サダヲ好きなので。「JIN」は前作は観てたけど、今回は初回が妙につまらなかったのでやめてしまった。

この視聴率ってヤツは、正直あまり精密な統計ではないので鵜呑みにしてはホントはいけないのですが、それでもやはりある程度の目安にはなるわけで、テレビ局内では毎日朝9時のビデオリサーチの発表とともに、イントラネットに飛びつく番組制作者は多いでしょう。

昔々の話ですが、私が某テレビ局にいたころはまだイントラネットが導入されていなかったので、朝出社するとわざわざ視聴率表を取りに行ってました。

その係が私だったのですが、当時とあるものすごい視聴率を獲得したドラマがありまして、その放送日の翌日は出社するとすぐに「表、取りに行ってきて!」と声が飛んできたものでした。そしてそれを取りに行ってくると「●●、どうだった?」とやはりあちこちから訊かれまして。
そしてすぐに社内の壁という壁に、誇らしげに「高視聴率」ポスターが貼られたものでした。

その頃の数字は、今の「マルモ」の視聴率の倍ぐらいでしたかね〜。
だから、今のドラマが15%でヒットというのが、実は感覚的にはよくわからないんですよね。
まあ、時代の違いです。

ちなみに新聞などに掲載される視聴率は、15分以上の番組と決まっています。でも、ひとつの番組が終わった後に流れる5分間番組などでも、実はきっちり数字が出てるんですね。

先述の、とあるものすごい視聴率を獲得したドラマの後にオンエアされていた5分間番組は、現在放送されているどの番組でも敵わないほどの高視聴率が続いておりました。これはホントにすごかった(笑)。

おそらく私が某テレビ局にいたころが、テレビドラマの最後の絶頂期だったので、それはそれで良い時代を過ごしたのかな、と思います。
あれからインターネットという、現在のところテレビにとって強い敵でもあり味方でもある媒体が登場し、趣味の多様化とともにテレビのチャンネル数も増え、それによって分散してしまった結果、昔のようにとんでもない視聴率が飛び出る機会は、ほとんど無くなってしまいました。

なので、たまにこういう「争い勃発」みたいな記事を見ると、実はちょっと嬉しいのかもしれない(笑)。

そして、制作現場も大変なのはわかるけど、ここまで原作付きのドラマが増えるとオリジナルのドラマなんか作れない状況になってるんじゃないかと心配していたところに、オリジナルである「マルモ」が現れて数字が取れているのは、悪くない傾向なのではと思います。まあどこかで見た話だと言われればそれまでですが(でもそういう話を普遍的に仕上げるのは難しい)。

「マルモ」の成功の要因については、いろいろあるかと思いますが…あの歌とダンスが良かった、ということにしておきましょうか(笑)。

それにしても、ただの小さいブラウン管チャンネルテレビ(しかも足付き)の頃のほうがテレビ視聴率は高くて、薄型でかい液晶テレビ(しかも地デジ)でハードがものすごく進歩した今のほうがテレビ視聴率が下がっているというのは、何かちょっと皮肉な感じがしないでもないような気がします。今は昔ほど一生懸命テレビ見ないんだけど、ハードは素晴らしくなったのよねえ…。
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2011年04月01日

月が変わり

今日はエイプリル・フールですが、例年ネット上で仕掛けられるちょっとした悪戯などは、自粛されてるようですね。
まあ、毎年エイプリル・フールなんてそういうコトを見て初めて思い出すので、個人的にはあってもなくてもあんまり変わらないなあ、という気持ちです。あ、1か所だけ必ず覗くサイトがあったんですが、それもすっかり忘れてた(今年はやってないみたいですが)。

新しい年度に入るということで、今日は通勤先の駅の周辺にも、ブラックスーツを着たぴかぴかの1年生がちらほらと。
…あのころはまだ夢も希望もあったなー、となんとなく自分の時のことを思い返したりしてみました。って、新卒で入ったときのことって、あんまり覚えてないんですが。その後何度も転職してるしね。
ただ、若いころは良かった、とため息をついてみたかった的な(笑)。

それよりも、さっき気がついたんですが、今日はン十年前に私が東京に引っ越してきた日でした。そのときは桜が綺麗に咲いていたような記憶があるんですが、今年はやっと開花したというところですね。上野動物園にパンダがお目見えということで、実は私、まだパンダを生で見たことがないので、そのうち上野に行ってみたいと思います。東京に越してくる前に何度も東京には来ているのですが、越す前も後も、なぜか上野動物園て連れてってもらわなかったんだよね。
一昨日、上野を通ったときには、商店街もパンダだらけでした。パンダグッズ観に行きたいなー(仕事で行ったので、そんなヒマがなかった)。

そうそう、先日のこの日記で書いたアメリカの友達に、やっと手紙を書けました。近年にない超大作な長さになってしまった…なんつーか、今まで見たことも聞いたこともないような単語をいろいろ調べましたよ。「被災地」とかね。受験のときでも見たことがない単語がいっぱい。
10日ほどでアメリカに着くかと思います。
今日はあと、仙台の知り合いにもハガキを書いてみようかと。

明日はプロ野球のチャリティマッチですねー。久しぶりに野球の試合をテレビで見れる!と喜んだんですが、その時間、出かけているかもしれない…録画しとこうかな。
ライオンズは親猫より子猫のほうが調子がよさげな感じですが…。
今年は牧田くんに期待。アンダースロー大好き。

とまあ、なんとなく暢気な春の一日を過ごしていますが、この暢気な感じが本当に幸せに感じる今日この頃です。
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2011年03月22日

自然と向き合う

19日土曜日の満月、ここ20年ほどで一番大きく月が見えるという日だったとか。
世界中の月の写真が出ています→こちら

そんな話から思い出したことが。

11日の地震の日、会社に閉じこもりながらテレビのニュースを見ていて、そろそろ満潮の時刻になるという話から「でも今日は満月じゃなくてよかったね」と言ったら、話し相手にきょとん、とされまして。

その後、夜中に「そろそろ干潮になるから少しは…」みたいな話をしたら、再びきょとん、とされまして。

…やっぱりこういうことって、海のそばに住んだことがないと知らないのかな?

今やってるかどうかわかりませんが、子供の頃静岡に住んでいたときに、朝のローカル天気予報では必ず、日の出日の入り時刻と月齢、満潮干潮の時刻を放送していた(と思う)ので、なんとな〜く子供心におおまかな暦が刻み込まれていて、それを今でもなんとな〜く覚えているのですが。

その翌日、歩いて帰った人がけっこう道に迷ったという話を聞いて、でも空を見ればある程度の方角(東西南北程度ですが)はわかるんじゃないのかなあ…と思ったんだけど。上弦だったから夜中には月は沈んでるだろうし、東京だからどれぐらい星が見えたかは定かではありませんが。ちなみにウチの前では、北極星は目を凝らさないと見えません。

19日は、というわけで満月のため大潮だったから、テレビでは盛んに「大潮なので注意を」って放送してたけど…逆にそれは、地元の人なら言われなくたって体に染み付いてると思うんだけどね。

私は昔横浜方面で車に乗ってて道に迷ったときに、太陽と時計で方角を測ったら、同乗していた友人に驚愕されたことがあります(笑)。でも大雑把だったけど役に立ったよ、そのとき。デジタル時計じゃなくてよかった。

今、計画停電のため、東京の夜も以前に比べてずっと暗くなっています。節電のために、ひとつの部屋に家族で過ごす機会も多くなっているでしょう。

ならばそのときに、ちょっとこんな話をしてみるのも一興じゃないかな、と思います。もしかしたらいつもよりも星が良く見えるかもしれないし、いい機会なんじゃないかな。

そういえば、もうひとつ四方山話が。

これも今やってるかどうかわからないけど、昔静岡で小学生をやってたときに、終業式の日に備蓄の乾パンを持って帰っていたことがありまして。賞味期限が迫ってくると備蓄を取り替えるので、そのお下がりが来たんですね。
で、そうはいってもまだしばらくは間があるから家で取って置くように、と言われたにも関わらず、翌日には缶を開けてバリバリ食べていたという(笑)。
戦後を知っている両親が、一緒にそれを食べていて、今の乾パンは美味しくなったなあ、と言っていました。

で、その話を東京の現在の友人にしたらば「そんなのもらったことない!」と皆に言われまして。
確かに私も、東京に引っ越してからは乾パンもらって帰ったことはなかったです。

先週の静岡での大きい地震の後に、静岡の親戚と話をしていたら、ただでさえ地震に厳しく向かい合う土地柄ですが、一昨年の静岡市で震度6弱の地震があった後、またよりいっそういろいろなことが厳しくなったらしい。

今回の地震も、今までの歴史で何度も津波を受けたから準備は怠りないはずの地域だったのに、それをさらに越えて自然は襲ってくる。

人は自然に対してはまったく弱い生き物ですが、それでも自然と向き合わないと生きていけません。
だから、たとえ普段は意識しないことでも、ちょっとだけでも知識を蓄えておいて、向き合う準備をしておくのもいいんじゃないかなと、そんなことを考えている今日この頃です。
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2011年03月20日

感じること、考えること

節電の一環として、休みになるとつい夜型になってしまう生活を、朝型のまま維持しております。
てか、普段の生活よりも早起きしてる。朝6時になると外が明るくなるので、冬場よりは起きやすくなりましたね。
今日は朝6時に起きて、お洗濯から。東京地方、今は天気がいいけど、夜にかけて雨になるっていうしね。

家ではなかなかPCを開く時間もありませんでしたが、今朝は久し振りにネットの波を動いています。
ちょっと愚痴になるけど、やっぱり人の感じ方というのはそれぞれだな、と。
今まで愛読していたブログに「そういうのって、どうなのよ…」ということが書いてあったりとかして…残念だな、と思う気持ちになったりとかして。ツイッターだとつぶやきだからさらっと流せても、しっかり文章になっていると、なんかね。
ま、ブログだって結局、自分の思考の垂れ流しなわけで、ネット上でしか(しかも一方通行)知らない人なんだから、そんなこと感じててもキリがないんだけどね。
実際、もしかしたら私だって、人に不快感を感じさせてしまうような文章を書いているのかもしれないし。
私が読んでいるライオンズブログの方に、そういうのが無いのが救いです。

そういえばさっきニュースで見ましたが、セ・リーグは結局4日遅れの29日から開幕ということになったとか。
節電アピールしてたけど…4日遅らせたところでなんなんだ?というのが正直なところ。せめて月をまたぐとかさあ…。

久し振りに溜まったメールを読んでいたら、ライオンズからチケット払い戻しのお知らせというのが来ていて、そういえば私も4月2日のチケット持ってたんだ、と改めて気づく始末。
そして明日から5月のチケット発売するのね!
払い戻し金はそのまま5月以降のチケットに回すか…。

先程、溜めてはいたものの、あまり使っていなかったとあるカードのポイントを、募金してみました。
ときどき出入りしているボランティア施設があるのですが、まだ思ったように動けない状況らしいので、そこでアナウンスが出たら、衣料品やその他の物も寄付に行けるかな。東京都や他の施設も始めたようだけど、ウチには車もないし(今、車があったら大変そうですが)電車はアレだし、なかなか期限内に運べないんだよね。自転車で行ける近所ならなんとかなるかな、と。

今、できることは本当にそれぐらいだけど、できることから少しずつやっていこうと思っています。
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2011年03月13日

掃除機をかけられる幸せ

先程テレビで、家を流された女の子が「おかあさん」と泣きながら呼び掛けている映像を見て…。
言葉がありませんでした。

私は金曜日の地震発生時は、会社にいました。その後はもちろん仕事にならず、夕方には帰宅をあきらめました。早目の時間にコンビニに行けたので、食料とか飲み水の確保は大丈夫でした。

みな夜中過ぎまで起きていて、午前3時頃には仮眠を取り出した人もいましたが、私は結局朝まで眠れませんでした。帰る方向の電車は割と復旧が速かったのですが、夜中に余震の続く中ひとりで帰るのも怖かったので、結局夜が明けてから帰ることにしました。

家の電話がなぜか繋がらなくて、携帯電話が繋がるまでかなり長い時間やきもきしていましたが(結局深夜でしたかね)、家に帰ってみたらなんと、電話機が棚と壁の隙間に落っこちていて、それで繋がらなかったことが発覚!我が家の一番の被害でした。他のものにはほとんど影響がなかったのに…すぐに置き場所を変えたのは、もちろんです。

土曜日も昼間はなかなか眠れなくて、友人と安否の確認をしたり、テレビを見たりしていました。夜になったら流石に体力的に限度で、21時ぐらいには寝てしまいました。

今日は朝、家人が買い物や仕事に行っている間、家のことをしていました。掃除機をかけていたときにふと、今ここでこうやって掃除機をかけられるということは、なんて幸せなんだろう…と思い、少し泣けてしまいました。
今回の筆舌に尽くしがたい被害を見ていると、こうして日常のことが出来るのは、本当に本当に幸せなことなんだと、そう思いました。

昼間スーパーに行ったら、もう日持ちのする品物はほとんどなかったですね。土曜の午前中には、ミネラルウォーターやポリタンクなどは売り切れていたようです。とりあえず残っていたお茶のペットボトルなどを買いました。そして、女子の必需品なども。

明日は一応出社する…のでしょうが、今輪番停電の順番が一部発表されましたが、会社のある地域がどうなるか(そして我が家も)わからないので、なんともかんとも…。

そんな中、先程見たサイトなど。

ツイッターのつぶやき

海外からの「日本、頑張れ」

海外メディアの報道

人ってすごい。そして私たちは、もう少し胸を張ってもいいと思う。

私も、自分が何をできるか、少しずつ考えていこうと思います。
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2010年11月23日

純粋なお休み

今日は西武ドームでファン感謝デーがありました。

が。

ワタクシここのところ、法事やら家族の病院の付き添いやら遊びやら(笑)で、非常にバタバタしておりまして…。
とても今日は、西武ドームまで行く体力が残っておりませんでした…orz。
行くとしても、どのみち去年みたいにふらっと行ってふらっと帰ってこようと思ってはいたんですが、その気力も起こらなかったなー。もう、列に並ぶ勇気がないというかなんというか…。

今日の様子は、これから(おそらく)ブロガーさんが上げてくれる記事で楽しみたいと思います(人任せ)。
てかもう、ユースト観る気力もなかったもんな…。
やっと復活してきましたよ。なんとか。

バタバタしているのもあるのですが、ここのところどうも、物事が上手くゆかず。
やってみたかったことがダメになってみたり、新しい場所に行く時間が取れなかったり、必要なものを買いに行く暇がなかったり。
挙句の果てに、妙に失くし物が多かったりとか。

人生やってくうちにはそういう時期もあるのはわかってますが、どうもねー。こうも続くと凹みがちになりますね。
だいたいネットで「ピンキーリング 開運」とか調べようとしているところがどうも(笑)。

どでかいことががーんと起きているというわけではなく、何かこう、小さいことが積み重なっているような感じなんですが…まあ、そんなこともあるでしょう。まだ笑っていられるうちは大丈夫。と思っている、今日この頃。

とりあえず、体力を回復させることが先ですかね。今年もあと40日あまり。来年へ良いステップが踏めるように準備だけは怠りなく、と思っています。

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2010年11月14日

東京ディズニーシー

東京ディズニーシーができて、今年で10年弱になりますが…。

昨日私、初めてディズニーシーに行ってまいりました。

ランドのほうはもちろん何度も行ったことがあるんですけどねー。いちおう本場のディズニーランドも行ったことがあるんだけどなあ。
なんかシーって、縁のない場所でしたね。ここしばらく、舞浜駅は通り過ぎるだけの場所でした。

何しろ土地勘のない場所なので、シーに詳しい人にあれこれ聞いてからの旅立ち。しかも中からメールで質問までする始末。何やってんだか。
だって、園内の地理が、あんなにわかりにくい作りになってるとは思わなかったんだもん!ランドのようなだだっ広い感じをついつい想像してしまっていたので、全員が初めてだった私と友人一行は、片時も地図が手放せませんでした。

そして夜になると、あんなに園内が暗くなるとは思わなかったです。意外。今の時期なので、ツリーやら何やらで、もっと派手に明るいかと思ってました。なかなか渋い感じ。なので、夜景の写真を上手く撮るのがとても難しかった…。
園内は電球の明かりばかりだったので、モノレールの蛍光灯の光を浴びたときに、現実に戻ったなーという気がしました。

土曜日なので混雑がハンパなく、お目当てのアトラクションにいくつか行けなかったりしたけど、初めてのシーは、とても楽しかったです。最後の花火のときに、近くにいた係員の人が穴場を教えてくれて、ラッキーでした。

私はディズニーキャラクターにはさほど思い入れがない人なのですが、それでもシーといえばやはり、ダッフィーちゃん。
ダッフィーマニアの話は人から聞いていたので驚きはなかったのですが、同行した友人は知らなかったので、驚愕しておりました。まあ、無理もありません。

というわけで、ツリー。ひと足早いクリスマス気分。早過ぎだけど(笑)。
ツリー.jpg

いっぱいいると可愛いねー。
シェリーちゃん.jpg
シェリーちゃん。

うちの子になりました。
うちの子.jpg
私は男の子のダッフィーのほうが好きなんだよなー。

思い入れはないと言いつつも、ホテルミラコスタにはやっぱり泊まってみたいと思ってしまった、初・ディズニーシーでした。
朝から晩まで、3万歩以上歩いたよ!すごい!(自画自賛)
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2010年10月31日

思い出話

昨日、台風が通り過ぎた東京地方。
今日も暑いんだか寒いんだか、晴れてるんだか曇ってるんだかというような、曖昧な天気の一日でした。

今日の昼間は、中学時代の友人と、久し振りにランチ。といっても、今月の初めに一緒に出かけてる人ですが(笑)。

いつも友人と会うときのように、今回も某地元のファミレスで、長々と喋っていたわけでしたが…。

ここのところ、私にはひとつ疑問がありました。

というのは。

私が通っているバレエ教室で、今度発表会があるのですが(私は都合で出ないけど)、その会場のホールを、以前何かで使った記憶があったんですね。

そのホールは区営のホールなので、確かに昔からいろいろ縁があったんですよ。中学時代も高校時代も、行ったり使ったりしてたしね。他にも、そこのリハーサルルームも、別のバレエ教室に通っていたときに使ったりしてたし。
まあ、馴染みの場所には違いないのです。

ホールには大ホールと小ホールがあって、大ホールは高校の文化祭で使ったのをはっきり覚えていました。
が、今度発表会で使うのは小ホール。
そして、私は確かに小ホールの舞台や舞台裏の記憶もあるのです。

でも思い出せないんだよね、何で使ったのか…という話を友人にしたらば、いろいろ手がかりなるような話題を出してくれて、あれやこれやの議論の挙句に、とうとう最後にやっと思い出したのが…。

もしかしたら、中学時代に演劇部の区大会で使ったんじゃない?ということ。

そうだよ、中3のときには都大会まで行ったんだから、都大会の前には区大会があるはずじゃん!したら、そこが会場に決まってる!と…。

目から鱗が落ちた感じでした(表現、少し間違ってますが・笑)。

てことは3年間毎年行ってるんだから、そりゃ詳しく覚えているはずだよ…!と、改めて納得。それにしても、ホールのことは覚えているのに、肝心の演劇部の出し物などの話はまったく覚えていないのが不思議。

ちなみに、その部活で3年間一緒だったはずの友人も、すっかり記憶が抜け落ちていました。

まあね。もう一体いつの話だよ?というくらい年月が経ってますからね…少なくとも20世紀の話だしね(笑)。

それがきっかけとなって、何かいろいろ中学生時代の話で盛り上がりまして。

というわけで、私と友人は演劇部で音響をやっていたのですが、ウチの中学にはなぜか放送部とか放送委員とかいうのがなくって、演劇部の面々は何か行事のたびに、いろいろ手伝わされることになったりしてたんですね。なぜ演劇部が運動会のマイクの設営に関係があったのか、未だに不思議(笑)。

そしてウチの中学はなぜかやたら行事が多く、毎月のように何かしらやっていたので(だいたい球技大会が年に3回もあるってのはどうか、と)、何かといえば仕事を任されて…。

友人も私も、中学時代はホント家と学校しか行かなかったよね、と懐かしく思い出していたのでした。制服とパジャマしか着ていなかった時代だったなー(笑)。確か一番遅く帰ったときは、22時回ってたよ…(それがおそらく自分の卒業式の2日前だった)。さすがに先生が車で送ってくれたけど、今だったらひょっとしたら新聞ネタになっちゃうのか?という感じ。
でもまあ、あの頃は親ものんびりしたもので(てか、田舎の学校なので、学校以外に寄り道する場所もないから)、先生のほうが恐縮してるのに、親はあらまあそうですかそれはそれはどうも、ってなものでした。

勉強なんかしないはずだよねー、するヒマなかったもんねーと、ついでに責任転嫁も(笑)。

今考えると、ウチの中学は割と新しい学校で、先生も若い人が多かったので、いろいろやる気に満ち溢れていた時代だったんですね。卒業式なんか、一大スペクタクルだったもんなー。

てな話をして、妙にふたりとも青春時代を懐かしんでいたのでした。楽しかったけどね。そうやって、未だにいろいろ話ができるくらい。

青春だったよ!運動会で裏で走り回っていたとき、なぜか同級生から「○○君と同じクラスでしょ?写真撮ってきて!」とカメラを渡されて、しょーがないので写真撮ってあげたりとかね!

今の時代なら、さしずめ携帯電話でも預けられるんでしょうかね?20世紀はそんなものが精一杯でした…我ながら言うのもアレですが、かわいらしい中学生時代でした。
いろいろあったよなあ…。

青い春だったねー、とふたりで笑い合っていた、日曜の午後でした。
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2010年08月29日

法事

この週末、昨年亡くなった祖母の法事で、静岡に帰省していました。

前日、西武ドームで負け試合を見たせいか(…)、どうもポカをしたり忘れ物をしたり、自分でもどーしちゃったの?というような旅行でした…ま、1泊だったので流せるようなものばかりだったんですが、ひとつだけ大きな失敗をしでかしたのが、悔やんでも悔やみきれない…(-_-;)

それはともかく。
祖母の一周忌は、滞りなく無事に行われました。
今回は、祖父の十七回忌も同時に行いまして。位牌に戒名がふたつ並んでいるのを見ながら、夫婦であっちで仲良くやってんのかな?などと、そんなことをぼーっと考えながら、お経を聞いていました。

今年の夏のこの暑さなので、喪服を着るのが恐ろしかったのですが、まあ一周忌ということもあり、上着は着なくていいでしょということで、とりあえずホッとした親族の皆々。しかし、駐車場や寺の前は真昼間ということもあり、カンカン照り(>_<)…側溝(ってか小川?)の水も少なくなって藻が増えていましたが、アメンボやメダカがすいすい浮かんだり泳いだりしているのを見たら、ほんの気持ちだけ涼しくなったような気が…しないでもないと、無理矢理自分に思い込ませるくらいの日差しでした。
シオカラトンボって、久し振りに見た。東京には少ないからなー。

お寺のお堂は冷房が入っていなかったのですが、なんとなく涼しい風が吹き込んできて、その辺は助かりました。どこかで空調を回していたような気配もあり…そりゃ、私たちも暑いけど、お坊さんたちも暑いだろうしねえ。その中お経を読むのも大変です。

が。
覚悟はしていましたが、問題は塔婆を立てに、お墓に行ったとき。

お墓はかなり上方にあるので、ただでさえ上っていくのが大変なのですが、今回はもう、遮るものが何もないほどの日当たりの良さ!

…墓に辿り着いたときには、全員が汗だくでした。私は五歳児の手を引いていたので、もう何がなにやら。化粧なんてどっかいっちゃってましたねー。汗が目に沁みて、大変。
お焼香しているとき、今なら背中で目玉焼きが焼ける!と本気で思いました。

天気が良いのは、いいことなんだけどねー。
100829臨済寺.JPG
お墓の前から。日本平方向。ホント、眺めは最高。

ともあれ、親戚の皆も元気だったし、短い帰省だったけど、それなりこれなりに楽しかった旅でした。

でもさー。
やっぱり静岡は涼しかったよ!東京に戻ってきたら、暑かったよ!
海が近いと違うのかなー?東京は、海がほとんど壁で塞がれてるからね。

法事の日記のはずが、何か暑い暑いの連発になってしまいました(笑)。今年はしょうがないか…。
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2010年08月24日

なつのおもひで

意味もなく、なつのおもひで。

P1000145.jpg
8月の頭から、冷蔵庫に毎日貯蔵中。
でも、当たったのは初めて…。

今品薄だってことだけど、暑いうちにまた、梨味食べたいなー。
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2010年08月12日

四半世紀

今日のニュース、九州から北のほうを目指している台風のニュースとともに、日航機墜落事故から25年という話題が流されています。

2回続けて少々堅い話になりますが、昨日(中止)・今日(たぶん)と野球もなさそうだし、ちょっとだけ思い出話を書きたいと思います。

以前の日記に、私があの日あの時何をしていたか、ということは書きました。

そんなわけで、これまでその当時のニュース映像などを見たことがなかったのですが、最近になってYouTubeにアップされている映像で、それらを見ることができました。
短いニュース速報でも、当時の混乱の激しさがよく伝わってきます。

話は変わりますが、例えばこの曲を聴くとこのことを思い出す、というような歌を人は誰でも持っているかと思います。

フレディ・マーキュリーの「I was born to love you」。お若い方は、某月9ドラマの主題歌としてご存知の方が多いでしょう。てか、このドラマももう6年も前なのか…。

それはともかく。
この歌をフレディが発表したのが、1985年。
最近飛行機乗ってないから、今でもそういうサービスがあるかどうかわかりませんが、当時の国際線では機内でいくつかの音声番組を流していました。
その中のひとつが(確か)小林克也さんがDJを勤めていた洋楽番組。
当月にリリースされる曲や人気のあった曲を10曲ほど流す60分ほどの番組だったように、覚えています。
子供だったのにアメリカまで行っちゃうくらいだった私は(まあ縁もあったのですが)、その頃は邦楽より洋楽大好きっ子でした。折りしも当時はMTV絶頂期。アメリカで本場のMTVを観るのを楽しみにしていたのです。
ということで、機内でもこの番組をずっとエンドレスで聴いていて、番組内で流れる曲のひとつが、この曲でした。他の曲は覚えてないなー…たぶん、当時のヒット曲だったんでしょうけどね。なんでだろ、これだけがものすごく印象に残ってる。
この曲をBGMにしながら、窓の外の雲海を眺めていたのを、今でもよく覚えています。

行きも帰りも同じ番組を流していたと思うのですが、帰りのフライトはそれどころではなく。
新聞や雑誌を読みふけって、ご飯食べて少し寝たらもう成田、というような感じでした。

そういえば今思い出したのですが、行きのフライトではサンフランシスコで上空待機があった(今考えれば)けど、特に何もアナウンスなどなかったのですが、帰りのフライトでは、到着1時間前ぐらいに現在地のアナウンスがありました。それから着陸まで、割と細かく状況を伝えていました。
今でこそ現在地のアナウンスはあるし、着陸時には外の映像が見られたりしますよね。でも珍しいことだったのか、隣に乗っていたビジネスマンの人が少し驚いていたくらいだったので、それももしかしたら事故の影響だったのかもしれません。

長くなりましたが、ということで、実は某月9ドラマを放送していた時分、この曲を耳にするたびに、なんだかなー…という気分になったのを覚えています。この曲は、あの1985年の夏、楽しかったことからこの事故の記憶まで、それこそ一気に思い出させられる曲だったからです。

それは、今でも変わりません。
この曲を聴くたびに、思い出すことは同じです。
歌っていたフレディ・マーキュリーも、もう亡くなってから20年近くが経つんですね。今調べてて、ちょっとびっくりした…。

YouTubeには映像とともに、この事故の後から生まれたような若い人からのコメントも目立ちます。
前回の日記と同じような感じですが、そうやって自分の知らない時代のことを知っていくというのは、とても良いことだと思います。

今日は天候が悪いようですが、なんとかその時間だけでも、少し落ち着いてくれるといいですね。
残された方々にとってはきっと、25年経った今でも、大切な時なのですから。
posted by Mikkey at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月09日

残暑お見舞い

暑い暑いと言いつつも、暦の上では残暑になりましたね。
ま、これからが夏本番ですが。

今年もまた、鎮魂の時期がやってきました。
戦争のことも事故のことも、この時期になるとテレビで放送したり新聞の記事になったりするので、やはり考えることが多くなります。

でも、考えることが多くなるほうがいいと思うのです。

先日の広島での式典、今年は核兵器保有国の代表が出席するということで、話題になりました。特にアメリカの出席について、世界中にも報道され、議論も交わされています。

ただ、私は現状では判断がつかないと思っています。歴史の成否を判断するのは、どうしても当事者ではなく後世の歴史家になってしまうだろうと。そう考えています。

けれど、その後世に歴史を伝えるために、様々な声を残しておかなければならないと思うのです。

自国の代表が式典に出席することで、アメリカでも賛否両論意見が出ていますが、私が問いたいのは、あの日広島で、長崎で起こったことを、どれぐらいあなたたちは知っていますか?ということです。

一瞬で町や人が消滅したとか、被害にあった人になすすべもなかったとか、また生き残った人々がどのようにその後を生き抜いているとか、そういうことを知り、当時の写真などの資料を見た上で、意見を交わして欲しいと思うのです。

だから、そのために。
当時を生きた方は、ぜひお話をしてください。思い出したくもない、つらい体験かもしれません。でも、その事実を現実に知らない私たちは、話を聞いて想像するしかないのです。
聞いてくれる人は、世界中どこにでも、たくさんいるはずです。

核兵器や戦争のことに限らず、事故のことでも、他のどんな出来事でも、そしてどんな小さなことでも、証言や資料というというのは、いくらあっても構わないと思います。証言や資料があれば、知識が増える。それについて考える。意見を出す。もらう。
そういったことが、歴史を形作っていくはずですから。

今年は暑い夏です。
夏らしい青い空が、白い雲が見える日が多いです。
ふと空を見上げてみて、過去の夏に思いを馳せる瞬間を作ってみてもいいのではないでしょうか?
posted by Mikkey at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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